ブッシュマンと虫

 イナゴやジバチを食べる信州の食文化のように、アフリカのカラハリ砂漠の住民も昆虫を食べる。ではどんな昆虫を食べているか。ブッシュマンの昆虫利用について人類学者の田中二郎さんはこんなことを書いておられる。
 「カラハリは乾燥していて植生もアフリカの他の地域に比べたら貧弱なのだが、この乾いたカラハリ砂漠に適応した昆虫は数多く、ブッシュマンはそのなかでも100種を超える昆虫を認識して、それぞれに個別の名前をつけ、あるいは類として名前を与えている。
 それらの昆虫の食用であるが、シロアリが3種、バッタが3種、甲虫1種、チョウ7種、ハチ3種の17種を食物として利用している。
 (シロアリのなかの)シュウカクシロアリは地中に巣をつくっており、交尾のために地表に穴を開けていっせいに飛び立つ。このとき出てくる長翅型のものを一気にかき集めて皮風呂敷に包んで持ち帰る。スズメガの一種であるギューノーが大発生したとき、次々と手でつかみとって収穫する。バッタの飛びイナゴは、何年かに一度巨大な群れをつくって大陸を移動してきて、イネ科の草や畑作物を食いつくし大被害をもたらすが、人びとはこのバッタを食用とする。いずれも焚き火の熱い灰の上で焼いて食べられ、栄養源として貴重な食物となる。とくにシロアリとスズメガの幼虫は脂肪をたっぷりと含み、香ばしいかおりと脂肪のうまみが好まれる。
 これら17種の昆虫の多くは、丁寧に食材としての下ごしらえをされ、他の食品に混ぜ合わされたりしており、食事に変化を与える調味料としても珍重されるようである。
 シロアリの翅、バッタ、タマムシの頭、脚、翅は取り除かれ、バッタ、蛾の幼虫、タマムシなどは体内の内容物を絞り出してから調理される。
食用としての利用とともに、多くの昆虫が薬用として、あるいは装飾、楽器、遊びの材料として、また歌や物語の題材として使われている。女性は首飾りが大好きで、ビーズ玉やダチョウの卵の殻を削ったビーズ、木の枝などでネックレスを作るが、そのなかにカマキリの卵の袋を混ぜ込んでアクセントをつける。革製の小さな袋にはゾウムシを皮ひもでくくりつけ、アクセサリーとしてよく用いている。昆虫の利用は、美容のお肌の手入れにも用いられる。昔、乾季に水が手に入らなかったころ、彼らはカメムシの一種をつぶし、その体液を化粧水として手のひらにつけて体をこすり、美容マッサージを行っていたという。
 蜂蜜は彼らにとっても大好物である。蜜蜂やシロアリの飛ぶ姿がダンスに取り入れられ、神話や物語に登場し、詩の題材になったりする。」(「ブッシュマン、永遠に。」田中二郎 昭和堂

 このように昆虫は、食物になり、生活文化の素材として使われ、芸術から精神生活の領域にまで広く用いられている。ブッシュマンの自然認識の幅広さと奥深さは相当なものだ。かつて日本でも、昆虫の世界は人間の世界とつながるところが多かった。自然の豊かさでは、カラハリ砂漠とは雲泥の差、それだけに虫の世界も多様で広い。カラハリの自然の乏しさのなかで、自然を活かす工夫が進歩したともいえよう。物質文明が進み、グローバル経済が進展すれば、ブッシュマンの文化も消えていく運命となる。そして豊かな自然の日本でも、滅びるものがいる。
 昨日、空を舞うツバメ2羽見た。目撃はそのときだけ、獲物はあるか、飛ぶ虫が少なければ、ツバメも暮らせない