焼け跡に詠う <絶望の中に芽生える希望>


 昭和20年、国土は空爆と戦闘で焼け野原になり、無辜の民は家を焼かれ、命を奪われた。兵士は戦場に屍をさらし、異国の荒野に虜囚となり、食なく、着るものなく、悲惨のきわみを人は生きた。絶望しても、生きようとして小さな夢を抱き、目的をかかげ、それに向かう人たちがいた。
 短歌を詠んだ人たちは、短い記録を歌に残した。どんぞこで歌を詠む。一銭の得にもならない歌詠みだけれど、歌は希望の芽生えだった。悲しいときには悲しいと言おう。苦しいときには苦しいと言おう。助けてと、声を上げよう。希望は、悲しみの涙やうめきのなかから生まれる。


   焼けあとに 馬鈴薯をとり トマト苗植ゑ 滅びしものを 今は思はず
                   菊山當年男

 今は生きよう。ジャガイモをつくり、トマトを植えて。滅び去ったものを、奪われたものを、在りし日のよき日を、今は思わないで、生きるすべにひたすらかけよう。

   焼け残る 舗道の銀杏(いちょう) 夏されば 緑むらがりて 幹にふきいづ
                       赤城文治

 爆撃で街は焼けた。奇跡的にイチョウの木が生き延びた。夏がやってくると、緑の葉がむらがり、幹からふきだす。生命の美しさ、生きることの力強さ。

   畑の中 爆弾あとの 水たまりに 食用蛙は いつよりか棲む
                       東郷久義

 畑の中に爆弾が落ちて、大きな穴を開けた。その水たまりにウシガエルが住み着いている。どこからやってきたのか、たくましい生命よ。

   なにゆゑの いくさなりしと つぶやきて 焼けこぼちある 路上を歩む
                       遠藤多輔

 焼けて破壊された街を歩く。いったいこの戦争はなんのための戦争だったのかと、私はつぶやいてしまう。

   よもぎを入れ うまごやし入れて 飯炊けり 明日はすかんぽを 入れて炊かむか
                       堀 淑江

 ご飯はまともに食べられなかった。栄養失調で死ぬ人が出た。「代用食」という言葉が使われた。ヨモギ、ウマコヤシ(シロツメクサ)を入れてご飯を炊く。あしたはスカンポを入れて炊こうか。

   今日もまた 電気はつかず 書もちて 駅のあかりに われは立ちたり
                       佐藤 昭

 毎日のように停電があった。私は本を持って駅へ行き、駅の電灯の下に立って本を読んだ。食にことかく生活であったが、本を読み、芸術を求める人間の心があった。

   下駄一足 五百円なる これの世に 交換手妹(いも)の給料二百四十円
                       初川槻二

 インフレは天井知らず、下駄一足が五百円にもなった。それなのに交換手をやっている彼女の給料はたったの二百五十円だ。妹(いも)は、奥さんか恋人。

   歩み来て 今日も職なし 暗がりに 燭の灯(ひ)見つつ 煎り豆(いりまめ)を食ふ
                       加藤光枝

 歩いてきて「今日も仕事がなかったよ」と言う。ロウソクの灯を見ながら、彼はいり豆を食べている。夫だろうか。

   雪の上を はだしで来たり 飯を乞ふ この少年の いちづなる瞳(め)よ
                       遠藤一夫 

 雪の上をはだしでやってきた少年は、「ご飯をください」と言った。少年の一途な目。「浮浪児」という言葉があった。父は戦死し、母、祖父母も空襲で亡くなり、天涯孤独の身になった子どもたちが、街の中にたくさんいた。浮浪児は集まって、グループで生きようとした。靴磨きをする子らもいた。

   大き機構の 崩るる記事を読みにしが 甘藷を負ひ 青菜をわが提ぐ
                        大村呉楼

 敗戦とともに大きな機構が次々と崩れていった。軍隊はなくなり、地主階級も農地解放で消え、女性の参政権が認められ、天皇人間宣言を行なって神聖不可侵の元首の位置から降りた。国は大きく変わっていく。だが自分は生きるためにサツマイモを背負い、青菜を手に提げて歩いている。

   未帰還兵 九万といひ又四十万といふ 路の小石も かくは数えじ
                         鵜木 保
 戦地に残された兵士、捕虜になった兵士、シベリアに抑留された兵士、その数は九万とも四十万とも言う。道端の小石でもこんないいかげんな数え方はしないだろう。戦死した人を含めれば、膨大な数の捨てられた命なのだ。

   新しき 世をし創らむと 若きらがひたぶるなりし その貌(かお)を見よ
                          羽場喜弥

 新しい世を創ろうと、若者たちは一生懸命に語り合い行動を起こしている。その真剣な情熱的な顔を見よ、というのである。

   たたかひに 敗れて挙がる こゑすずし このこゑいつの日も 誤つなかれ
                          常見千香夫

 戦争が終わり、自由な民主的な国を創っていこうと挙がる民の声がすがすがしい。いつの日もそれが過つことのないように、と願う。


 苦悩と悲嘆の中から立ち上がり、希望を見つけようと人々は生きた。いつもどこかで、世界中で、奪われ、失い、得られず、悲しみと絶望の淵に立つ人びとがいる。希望は、その悲しみの涙や苦しみのうめきのなかから、仲間を求め、仲間をつくり、人と人が連帯する中から必ず生まれてくる。