花咲き、虫たちが出てきた


  朝日が背後から昇ってきて、ぼくとランの影が道に映っている。長い影だ。左はぼくの脚から上、右はラン、しっぽがぽこりと上がっている。リードも映っている。

 スイセンのひとつの種類が開花し、黄色い花が短い背丈のままで、ごあいさつしている。クロッカスも咲いた。匂いスミレが可憐な花を並べて匂っている。
 枯れ草ばかりに見えたスモモの木の下に、ホトケノザイヌノフグリが、いつのまにやらひっそり小花をつけている。
 驚いたことに、ケロケロと近くの草むらから声が聞こえ、それはその一声で終わった。カエルじゃないか。まだ昨夜は零度以下に気温が下がったのに、昼の陽気に誘われて出てきたのか。出てきて鳴いたものの、早春譜の歌のとおり、さては時ぞと思うあやにく、せかるる想いも早すぎた。
 とそこへ、イヌノフグリのあの小さな花に、花アブが来て、蜜を求めているではないか。わずか2ミリか3ミリほどの小さな花だよ。花アブが花に止まると、花がアブの身体に隠れてしまう。花の一つにどれほどの蜜があるものやら。アブはすぐに隣の花に移っていく。
 夏の日差しをさえぎるために、南側のベランダの上にすのこの覆いをつけようと思い、木を刻んでいる。材料の木は巌さんからいただいたもので、古障子だったものだ。障子紙をはがして、枠木を分解し、それを使って、すのこ屋根の支えにする。枠を分解して置いてあった木のほぞ穴から何か昆虫らしいものの頭が見えた。もぞもぞ動いて出てきたのはアシナガバチだった。体つきが小さい。この厳冬をこういう隙間に身を潜めて、しのいでいたのだ。ハチもこうして越冬するのだな、ヨチヨチ歩きながら、ハチは別の隠れ場所を求めて、ベランダの木の床の隙間に入っていった。風の来ない、雨のかからない、暗いところへ、もう少しそこに潜んで、日を待とう。
 畑は荒れている。黒マルチをはがすと、小さなクモが出てきた。おーい、クモよ、どこさ行くんだ。まだ、冬の逆戻りが来るぞ。クモは土の上を走っていく。
 一瞬チラチラ飛び去っていったものがある。飛び方からするとチョウの一種だ。
 目を上げると、白っぽい綿飴の大きな塊が動いている。ユスリカだろうか。2月ごろから、暖かい天気の日に出てきて群れをなし、数百匹がかたまって、上がったり下がったり、空中を遊泳する。
 この寒空にどこに隠れていたのか、どこから生まれてきたのか、生命の神秘が、人間が知ろうと知るまいと関係なく、営みは絶えることがない。
 昔の人は、虫たちの春の命を見て、啓蟄という日を定めた。冬ごもりの虫たちがはいでる日、二十四節季の一つ、今年は3月5日だった。虫たちよ、春だ。