視界不良、未来混沌



 庭木の剪定枝や豆がら、ほうきぐさの枯れたのなどを燃やして草木灰にした。たくさんできたことに満足し、あした肥料に使おうとそのまま冬枯れの畑に残しておいたら、夜中からまたもや嵐が来た。朝になると、草木灰はことごとく風に飛散してしまっていた。風の吹く前に土をかぶせておくべきだった。油断した。そのときに、やるべきことをやらないで、まあ大丈夫だろうと怠る。今できることなのに明日に伸ばす。その付けが来る。 
 風はますます強くなった。犬小屋が吹き倒されていた。西の山岳地帯が煙って見えない。黄砂だろうか。明日は雨になりそうだから、破損している車のワイパーを交換しようとホームセンターに行った。農道を走っていくと前方、南の空高く薄い褐色をした煙幕状のものが吹き上がっている。大火災の煙のようにも、空襲を受けた町の上空のようにも感じられる。異様な光景だが、風の巻き上げた砂塵にちがいない。山県村、朝日村あたりは火山灰地だ。高原野菜の生産地でもある。その細かい粒子の土は風に吹かれると空高く巻き上がる。今朝からの強風で、青空も山も家々も見えないほどの砂嵐、いや土嵐が襲っている。数日前の強風のときは黄砂が襲来した。中国黄土高原の黄砂が、はるばる日本に飛来した。しかし今日はこの地方の耕作地の乾燥した土が飛ばされている。
 店で新しいワイパーに交換して帰ってくる。強風はさらにつのっていた。火山灰地の土嵐は褐色の巨大な帯となって南の空から北の空へ、風下のほうに移動し広がっている。我が家のある地域も、その土嵐のなかにある。安曇野は、東に連なる連山と、北アルプスを奥に控えた西山とにはさまれ、そこから大町市白馬村、小谷村と谷間がつながり、姫川沿いに遠く日本海糸魚川までつづく。JR大糸線はその谷間を走る。この谷の地下には巨大な地層の断層、糸魚川静岡構造線がひそんでいる。いつ動くか知れない大地震の可能性がここにもある。
 ぼくは、前方に広がりさらに大町のほうに流れていく巨大な火山灰の帯とともに車を運転していた。空は晴れているが雪の北アルプスは見えない。電線が大揺れしている。まだ新芽をふかない木々が激しく枝を揺する。車がときどき煽られたように動く。前を行く大型トラックも左右に揺れる。暴風雪によるホワイトアウトのような視界がきかなくなる事態まではいかないが、大気が透明感を失うと不安感が出てくる。青年時代、パキスタンの砂漠で体験したのは、昼間も太陽を隠してしまう砂の粒子の飛散だった。砂嵐が収まっても舞い上がった空気中の砂粒が空をおおって、曇天のように暗かった。そういうところでも生活している人たちがいた。

 10日ほど前になるだろうか。北海道で暴風雪によるホワイトアウトという現象があった。積もった雪を吹き飛ばす地吹雪と降雪によって視界がまったくきかなくなり、歩くに歩けず凍死した人は9人。半数の人は目的地までわずかのところで力尽きていた。
 ぼくも何度か冬山でホワイトアウトを体験した。全く何も見えず、白一色の世界になり、真横から暴風雪がなぐるように吹く。自分の歩いているところがどこか、判然としない。天地の区別がつかない。方向が分からなくなる。平衡感覚が狂う。知らず知らずに風下の方向にゆがんでゆく。

 極東アジアの政情も、日本や世界の未来も、視界不良、ホワイトアウトのようになってきている。平衡感覚がなくなったとき、どんな偶発事故が起こるかしれない。自然現象ではない。人間のやることだ。それが制御できなくなっている。
 道祖神よ、導きたまえ。