雪の村の記憶

日曜日、今朝はよく晴れた。昨夜おそくから舞っていた雪は、地表をなだらかに覆い、踏みしめると、きゅっきゅっと鳴った。
快適に歩幅を伸ばし、雪の道を歩いていく。
チャコとチコの二匹の犬をお供にした望月のおばさんが、野の道の真ん中にいた。
おばさんは、長い防寒コートを着て、フードをかぶっている。
チャコとチコのリードは、自由自在に長く伸ばしたり短くしたり出来る。
おばさんから長く伸びたリードの先にチコがうずくまっていた。
どうしたのですか、訊けば、この新雪、チコの足に雪玉が付くのだと言う。
チコの小さな足の裏、五つの肉球の間に雪が詰まり、固まって歩けない。
痛いのだろうが、痛いと言えない。
チコより一回り大きい兄貴分のチャコはなんともない。ランの足にもそんなことは起こらない。
ランの足の肉球の間には毛が密生していて、雪なんて詰るはずがない。
チコのおばさんは、チコを抱き上げて、足の裏の固まった雪をとる。
雪を取ってやって、しばらく歩くと、またチコはうずくまって、おばさんを見上げる。
小さな軽いチコの足、野性を失ってしまったのかしら。
雪原のあちこち、キツネの足跡がある。
昨夜、キツネが鳴いていたよ、
おばさんが言う。
今朝はマイナス12度だよ、昨日は昼間もマイナス2度だった、と言う。


雪の話をしていると、ふうっと七ヶ巻の村の遠い記憶がよみがえった。
地図を見ると、七ヶ巻は信州の最北端、豪雪地帯にある。
息子たちがまだ5歳と6歳だったころ、冬休みになると、兄の家族と一緒にスキーに出かけた。
はるばる奈良から列車に乗って、中央線をかたこと上り、
野沢温泉村の北、飯山線桑名川駅で下車して、七ヶ巻のスキー場へ行った。
駅を出て雪の中を少し行くと千曲川がとうとうと流れていた。
七ヶ巻のスキー場は、川の向こうにある。橋はなかった。
川岸に一斗カンの空カンと棒が置かれていた。
棒でガンガンとカンを打ち鳴らした。
すると向こう岸につながれていた渡し舟が動いた。
渡し守が、両岸を結ぶロープを引っぱってやってくる。
水量は多く、流れは速い。舟に乗って川を渡る。
花嫁もこうして舟で川を渡りました、と渡し守が言う。
岸を上がれば七ヶ巻の村、小さな集落は雪に埋もれ、
民宿の暖房はコタツ、風呂は五右衛門風呂で外気が吹き込む。
家族みんな、布団の中に足を入れ、放射状になって寝た。
翌朝、新雪を踏んでスキー場へ行った。スキー靴はごぼりごぼり雪に沈んだ。
ひなびた小さなスキー場にも、リフトはあった。


チャコのおばさんと分かれて家に帰り、地図を見た。
七ヶ巻、スキー場のしるしはない。