街を歩くと
街を歩くと
人間はいつでも
どこかへ行こうとしている
人間はいつでも
「途中」なのだ
街を歩くと
未来は刻々
ぼくらの顔に到着している
数百万の顔がとつぜん
全く同じ表情にひきつるとき
ぼくたちの歩行は終わり
始まった時と同じように
おそらく
一つの顔を持って還ってゆく
そうして詩人の唄は
そのときのためにあるのだ
さいごの明日を
確実に所有するときのために
この詩は、詩集「歩行者の祈りの唄」のなかにある。
朝の道を歩いている人、夕方の道を歩いている人、大人も子どもも、どんな人間も、いつもどこかへ行こうとして歩いている。
そしてまた、人類は生まれてこのかた、数百万年歩き続けてここに来た。
「数百万の顔がとつぜん / 全く同じ表情にひきつるとき / ぼくたちの歩行は終わり」、
ここを読んで、読者は、何を想像するだろう。
あるとき、大地震が起こり、天地が割れ、大津波がやってきた。
あるとき、大干ばつが襲い、飢餓が次々人の命を奪った。
あるとき、戦争が勃発した。
米ソの冷戦が、人類の破滅を予感させた時代、一つの映画がアメリカで制作された。「渚にて」というタイトルのその映画は、核戦争による世界の終わりを描いていた。アメリカとソ連は、核兵器で相手を攻撃しあった。いったん火ぶたを切った核攻撃は、止まるところを知らず、街は破壊され、放射能は地球の大気圏に充満し、地上の生物すべてが死に絶えるところまで至ってしまった。
映画は、一隻の原子力潜水艦の終末をとらえる。海の中にいて、かろうじて放射能から逃れることのできた潜水艦。しかし、もう地上に戻ることはできない。戻れば死しか待っていない。乗組員たちは考えた。艦にいても死ぬ、地上に戻っても死ぬ、それならば、故郷の地に戻ってそこで静かに死を迎えたい。艦長は、乗組員の一人ひとりの希望を聞いて、彼らを故郷の近くの海岸まで送り届けていく。たった一人で故郷の地に戻った乗組員は、その地に生きている最後の人として、最後にやりたいことをして、時を過ごすのだった。ある人は放射能が身体から生きる力を奪い去るまで、海岸に座って無言で釣り針を垂れていた。
「歩行の終わりは、始まった時と同じように、おそらく一つの顔を持って還ってゆく」とは、どういうことだろう。
一つの顔を持って還ってゆく、それはまた始まりになるということだろうか。
「詩人の唄は / そのときのためにあるのだ / さいごの明日を / 確実に所有するときのために」
村野四郎は、山本太郎について、こう書いている。
「この詩人の方向について言えば、彼には戦前も戦後もなく、叙事も叙情もありはしない。すべては人間存在と、生の根拠にかかわるのである。彼は自ら<政治や経済などは、もっぱら技術の問題であり、人生を綾どる仮縫いの糸に過ぎない>という。
詩人は、人間存在の意味、価値を問い、人間の顔を唄う人である。それ故に人間の最後の場面を唄うのは詩人である。