伐られていく大木


 「小太郎さんは、年に一回か二回、帰ってきはります」
 近所のおばちゃんがそう言ったが、一度も顔を見たことがなかった。金剛山麓の村、そこに小太郎さんの実家があった。小太郎さんはT.S氏だった。池口小太郎が本名の、作家、評論家、政治家、実にさまざまな分野で活動してきた小太郎さんの家は、ぼくの住んだ古い民家からすぐそこにあった。一枚の畑を隔てて小太郎さんの屋敷があり、畑と小太郎さん屋敷との間にケヤキイチョウの巨木が生えていた。ケヤキは樹齢800年と言われ、イチョウの樹齢は分からなかったがかなりの樹齢のように思われ、両者は並んで天高く枝を伸ばし、秋の黄葉はみごとなものだった。晩秋、風に舞う落ち葉は畑いちめん黄色に染めた。この二本は長い風雪のなか互いに支えあって生長してきたかのように見え、切り離せない関係を感じさせた。ケヤキの前には、小さな祠があり、ケヤキが神木として信仰されてきたことが分かる。毎年9月には、このケヤキの下に、ご近所の人たちが集まって重箱を開き、一献酒を酌み交わす伝統の小さな祀りがあった。
 小太郎さんの実家とされている家は、美しい白壁の伝統家屋で気品があった。屋敷の庭には竹や雑木も生え、庭からイチョウケヤキの大木まで数メートルの間隔があった。その間に存在する屋敷の境界線があいまいになっていたのだろう、ある日、区長立会いで、境界を調べる作業が行なわれた。一連の作業に、S氏が関与していたのかどうかは分からない。つづいて境界線上に土塀風のコンクリート塀を築く計画が立てられた。これらの計画は近所の人たちには知らされず、ぼくが二ヶ月ほど仕事で中国へいっている間、突如やってきた職人たちによって、イチョウの巨木が切り倒された。ぼくが帰ってきたとき、毎年イチョウの木の下で、ギンナンを拾っていた近所の八百屋のおやじさんは、イチョウの樹が切られたことがショックで、不満をぶつぶつとつぶやいていた。批判をはっきり言うことははばかられた。郷土の誉れ、小太郎さんを悪く言うことはできず、村の実力者である区長を批判するには相手が悪すぎた。仕事から帰ってきたぼくも、大イチョウの消えた光景に、愕然とするばかり。イチョウが境界線上にかかっていたとしても、なぜイチョウを残すことを考えなかったのか、何百年そこに生えて育ってきた樹を土地の所有者の所有物と見なしていいのだろうか。土地の所有権のできるはるか前から樹はそこにあった。それは、村のみんなの財産でもあり、だれのものでもない。
 何もできなかったぼくは無力感にさいなまれた。ケヤキは神木として保護された。でもイチョウは神木にされなかったから伐られた。イチョウも神木にしていたならこんなことにならなかったのだがという想いが湧いた。小太郎さん、あなたはこの事実を知っていたのですか、伐採を了解したのですかと問い合わせたかった。
 安曇野では穂高神社ケヤキの巨木の神木がある。ケヤキにはしめなわがはられている。井上靖の小説「欅の木」のモデルになった樹だ。安曇野には屋敷林もまだあり、そこにも大きな樹が守られている。しかし多くの神社はほとんど針葉樹で、屋敷林のなかの広葉樹についても、居住者が樹を守っていくことができなくなってきているという声もある。
 市では巨木調査、大木調査はなされているのだろうか。
 小説「欅の木」に次のような文章が出てくる。「欅を守る会」の風呂屋の主人の演説である。
「私の弟は大陸で戦死しましたが、弟からの最後の手紙はいまもとってあります。それにけやきの木のことが書いてあります。大陸に来て自分は初めて日本の自然が美しいと思った。大陸には日本のような山も、平野もない。日本の山は美しい樹木で覆われており、日本の平野には美しい林がちらばっている。ことに自分は小さいときからけやきの木が好きだったが、大陸にはけやきに似た木はない。」
美しいケヤキの木を守るためには自分は命を惜しまない。そう手紙に書いて弟は死んでいった。けれども、今の日本はどうか、ケヤキの木は何の惜しげもなく切られているではないか。弟がこの有様を見たらどう思うか、という演説だった。

「日本の神道はもともとは自然崇拝なのです。この自然崇拝の神道が二度、国家宗教になった。一度目はだいたい8世紀で、律令時代の禊ぎ(みそぎ)・祓い(はらい)の神道といわれるものです。それから二度目は19世紀から20世紀にかけて、日本の神道はいちじるしく国家宗教化した。そういう国家宗教化したものを、われわれは神道と考えがちですが、それは本来の日本の神道とは違うのです。本来の日本の神道は自然崇拝です。そして自然崇拝は大樹の崇拝でもある。またそれは石の崇拝であり、山の崇拝であり、川の崇拝であり、岩の崇拝であり、地の崇拝であり、動物の崇拝であり、植物の崇拝である。それが日本の神道であると私は理解しています。ですから神社には森があり、そして神の使いである動物がいる――お稲荷さんには狐がいるし、お三輪さんには蛇がいるし、天神さまには牛がいる。その神の使いと称する動物たちは、かつては神そのものであったにちがいない。日本の神道は、もともと自然崇拝であった。」(梅原猛「[森の思想]が人類を救う」)