薪づくり

 このごろ、工房をよく使うようになり、薪ストーブが活躍している。薪ストーブの温かさは格別なものがある。そこで燃料がさらに必要となってきたのだが、薪を作るには、チェーンソーが必要だ。安く手に入れることはできないものかと、インターネット通販などを調べ、とうとう手軽に使えそうなのを見つけて購入した。ちょうどそこへ、巌さんから電話が入った。
「今から、樹をもっていくだ」
 巌さんの空き地に積み上げていた伐採木を処分するから、薪に使えそうなのを持っていくというのだった。しばらくすると軽トラックのダンプがやってきた。積んできてくれた木は、柿の木が主だった。よく枯れている。
 チェーンソ−の説明書を読んで、使い方を調べた。なんだか複雑な感じだ。燃料とチェーンオイルが必要だから、ホームセンターへ行った。この店には、「A画伯」が非常勤の店員として働いている。「A画伯」はどこかいな、いたいた。
「表敬訪問に来ましたよ」
 またまた冗談を、と言いたげないつもの眼がくるくる回った。
「私も最近チェーンソ−を買いましてねえ」
そう言いながら、さっさかオイルと燃料の置き場へぼくを連れていってくれた。
 家に帰って、説明書の手順どおりに燃料とオイルを入れ、エンジンのひもを引っ張ってエンジンをかける。ところがかからない。なんどもやり直し、やっとかかった。チェーンが高速で回転する。これが脚に触れたら切断だな、と思いながら、30センチから40センチの長さに切っていった。夕暮れが迫っていた。根株の大きなのは、この小型チェーンソーでは切れそうにないから残した。

 先日、神戸から友人のTさん夫妻と、Tさんの弟さん夫妻が、安曇野のリンゴ園へオーナー木の収穫に来られ、我が家にも寄っていってくれた。帰りに一冊の本を残し、「読んでください」と言う。「京都嵐山 エコトピアだより ――自然循環型生活のすすめ――」(森孝之 小学館)という写真のふんだんに入った本だった。最初の書き出しがよい。
「冬の朝。私は薪割りをしています。身も心もかじかむ庭で、大きな斧で薪を割ります。その音を聞きつけて、ルリビタキのオスがやってきます。薪に巣くっていた虫が飛び出すのをねらっているのです。その青く輝く羽が見たくて、やってくるまで薪割りを続けることがあります。」
 森孝之夫妻のエコ暮らしを読んでいくと、その徹底した暮らしぶりに引き込まれて、一気に最後まで読んだ。ご夫婦は、風呂も薪で沸かしている。薪は間伐材や剪定クズ。クヌギ、松、梅、クスノキ、ヒノキ、スモモなど多様で、燃える音や煙のにおいも違う。細い木を燃やすと、風呂ガマに付きっ切りになる。そのときは本を読むのだという。最初に読んだのが予言的で、「ダンテ『神曲』講義」だった。そこに、天国とは働かずにぐうたらに過ごせるところではなく、やりたい仕事がいっぱいあって、好きなだけいそしめるところ、とあったという話や、しみじみとおもしろかったのは、次の文章だった。
 「外では、ホホウ、ホホウとフクロウが鳴く静かな夜に、薪がささやきかけてくることがあります。いえ、薪のささやきなんてことはありません。薪に巣くったカミキリムシの幼虫がさかんに食欲を満たしている音でした。そんなとき、薪に触れると瞬時にささやきをやめます。」
 ぼくの子どものころは薪風呂で、ごえもん風呂だった。冬、裏に天皇陵の松並木があり、堆積している松葉や松かさを、熊手で集めてくる仕事をぼくもよくやった。北風が吹く日は、冷たくてつらかったが、松葉はよく燃えた。松ぼっくりは、何個も火の中にくべると、ぼうぼうと炎があがる。大人になって所帯をもってから建てた家では、薪と石油どちらも使える釜にした。燃料に、建築現場に行ってたくさんの廃材をもらってきたものだった。
 薪で沸かした風呂は体を芯からポカポカ温め、熾(お)きがある限りいつまでも冷めなかった。