ベトナムの青年が来た・日本語教室

日曜日の夜は、公民館で日本語教室だ。7時から9時まで、ボランティアの指導者5人が教えている。ぼくは、とっぷり日が暮れた暗い夜道を自転車に乗ってやってくる外国人の青年たちの安全が気になった。そうだ、あの安全用の反射たすきを持っていって提供しよう。二人の中国人女性工員は、住んでいる寮も人の通らないところだし、歩道も街灯も無い道路を自転車でやって来る。肩からこのたすきをかけていたら、車のライトで遠くからでも光って、その人を見極められる。
教室に行くと、ベトナムの青年男性二人が来ていた。トーさんは以前から数回来ている。もう一人のホップさんは、この9月にベトナムの北部から来たという。トーさんの笑顔はいつもさわやかだ。二人とも農家の出で、農業実習生だ。農業実習は休みが無い。残業も多い。だから日本語教室に来れない日が多い。なんとか休みがとれないものかと思う。
ベトナム人二人をぼくが担当した。彼らは、漢字が分からない。
「何人いますか。ひとり、ふたり、さんにん‥‥」
「何個ありますか。一個、二個、三個‥‥」
「何足ありますか。一足、二足、三足‥‥」
「いくつありますか。ひとつ、ふたつ、みっつ‥‥」
「何台ありますか。一台、二台、三台‥‥」
「何匹いますか。一匹、二匹、三匹‥‥」
「何本ありますか。一本、二本、三本‥‥」
 物によって、数え方が変わる。そのいろんなケースを教えて、練習して、憶えさせる。このときに言葉と漢字を教える。
「この部屋に、男の人は、何人いますか。」
「おとこ、あなたはおとこ、わたしもおとこ」
「はい、三人います」
 ぼくは「男」の字をホワイトボードに書く。  
「あなたの家は、農業をしていますね」
「はい、のうぎょうです」
「こめを、つくっていますね」
「はい、こめ、つくっています」
 「田」の字を書く。つづいて田んぼの絵を描き、稲を植えている人のイラストを描く。「田」の字は「た」と読み、この田の絵から生まれたことを気づかせる。次に「力」の字を書く。これはカタカナの「カ」ではなく、漢字であることを説明する。
「この字は、ちからと読みます。ホップさん、手を出してください」
 ぼくはホップさんの手をにぎり、ひじを机のうえに置いた、腕相撲をしよう。ぎゅっと握ったホップさんの手は厚くて、ごわごわし、力強かった。やっぱり農民の手だ。ぼくは力を出す。ホップさんはちょっと遠慮をして力を抜いている。
「もっと力を出して」
 ホップさんはぐっと力をこめた。ぼくはそこでパタンと、腕を倒した。青年の勝ち、老人の負け。腕が痛くなった。
「あなたは、つよいです。わたしは、よわいです」
 ホップさんは、腕を振って笑いながら否定する。
 ぼくは、右腕を曲げて、力こぶを出すように力を示すポーズをとり、
「田んぼのなかで、人が、力をだしています。男の人です」
 ははーん、二人は納得。
「では、女の人は?」
 「女」の字の成り立ちを、絵を描いて説明する。
「猫は何匹いますか」
 猫の絵を見せる。
ベトナムでは、ネコはなんと言って鳴きますか」
「なく」が分からない。ベトナム語と日本語の辞書を引かせる。
「はい、わかりました。ミヤー、ミヤー」
 日本ではニャーンです。では犬は? 牛は? にわとりは? といろんな例を挙げて聞いていくと、みんな笑い出してしまった。
 
 中国人労働者の二人の女性は、来週日本語検定1級にチャレンジする。この夏、2級に合格した。日本に来て三年目にしてもう1級挑戦だ。その意欲は底知れない。もう一人、日本人と結婚して中国から来た新妻は、3級にチャレンジする。
 女性たちに、我が家にあった反射たすきをあげた。
「帰り道、気をつけて」