自分の頭は自分で散髪


十年前の写真を見ると、ぼくの髪の毛はまだ黒く、頭髪全体は元気な形を保っていた。今は白髪交じりで薄くなり、見る影もない。3年ほど前、ネット通販で電気バリカンを3千いくらかという安価で購入し、床屋へ行かずに家で散髪することにした。刈るのは家内、二枚刈りにした。バリカンの先に二枚刈りの器具を差し込んで刈ると、一枚刈りより髪は数ミリ長くなる。
 丸刈りは大いに気に入った。頭を洗うのも簡単だ。石鹸を頭になすりつけて、手のひらでザザっと洗うときれいさっぱり、気持ちがよい。夏は涼しく、清潔を保てる。ただし冬は寒い。寒風が吹き始めると、帽子なしでは頭が凍える。
 昨年から、一枚刈りにした。散髪したては一見してつるつるの青頭。冬の夜、布団にもぐると頭が冷える。布団の中は湯たんぽで暖かいが、部屋は暖房していない。頭が冷えて目が覚める。そこで頭にかぶりものをして寝ることにした。
 昨年、奈良からおばさん三人が遊びに来た。会うやいきなりぼくの頭に目が行ったのを見て、
「出家しました。名前はドウショウと申します」
と冗談を言ったのだが、
「どうして出家したんですか。何があったんですか」
と本気にされてしまった。その彼女は数ヵ月後に自ら命を絶ったという報に接した。何があったのか、無念の思いが胸にしみる。
 今年から、散髪は自分ですることにした。家内の手をわずらわすまでもないと思ったからで、電気バリカンに蓄電してから使う。手鏡をもち、もう一方の手にバリカンをもって、下から頂へ頭をまんべんなく刈っていく。簡単なもんだ。高校生だったときは、手動のバリカンで一人刈っていたから、刈ることが難しいとは思わない。
 丸坊主は髪が伸びすぎるとむさくるしくなる。お寺のお坊さんのように、いつもかみそりでそるぐらいにすればいいのだが、つい刈るのが遅れて、見た感じよれよれだ。昨夜、鏡を見るともうこれは薄汚いイメージだから、明朝刈るぞと心に決めた。決めたら道具をすぐに出してきて、朝になって忘れないように机の上に置いておいた。気づいたときに行動に移す、この年になるとこれを実行することだ。
 朝5時半、起きると、机に一式が乗っている。早速バリカンに電気を通して蓄電、3時間後に散髪する段取りだ。散歩、食事、朝ドラを見て、それから散髪とあいなった。今日は仕事の日だから、ひげもそって散髪だ。蓄電されたバリカンを手にすれば、どこで散髪しようと自由でがんす。庭に出て、丸太に腰掛けて、枯れ草を踏んで頭を刈る。ブーン、ブーン、刈り取られた白髪交じりの貧弱な髪の毛が、草の上に落ちる。落ちてもわずかな量で、青年時代の豊かな髪はどこへ行ったやら、地面の毛はそのまま放置してもどうと言うことはない。風が吹けば庭のどこか草むらへ飛んでいく。わずか10分ほどで終わった。
まだ丸刈りに抵抗があった数年前までは、奈良でも信州でも街の大衆理容を利用してきた。少ない髪の毛だから15分ほどで終わってしまう。愛知の日中技能者交流センター西尾研修所で教えていたとき、中国人研修生のなかに理容を得意とする子がいて、その子がやってくれたことがあった。彼らは自分たちで調髪しあっていた。生徒に散髪してもらうと、生徒たちとの関係がぐぐっと深くなる。信頼と親しみの通いあいがある。
 散髪した頭に、今日の秋風が吹きすぎる。袈裟を着て、托鉢にでも出るか。

   丸刈りの頭にトンボ止まりをり