長期休暇をとるべきだ



 津波によって根こそぎ生命が奪われた所で、生き残ったのがあり、それは地中に入って難を逃れた小動物、虫たちであるということを、養老孟司と建築家の隈研吾が対談で語っている(「日本人はどう住まうべきか?」日経BP社)。
 そういうところに眼が行く、発見を生む眼差しだ。ふたりはそれから発想する。避難する高台があればいいが、それがなければ津波に壊れない、高い建物を造らねばならないというのが常識だ。しかし、多数の人を収容できる、そんな建物を東京などに造れるか。それより、地下にシェルターのように水が入らないような避難所を造れないか。津波は一時的なものだから、水対策と空気対策をとれば、可能だというわけだ。
 「押してダメなら、引いてみよ」という。逆転の発想ができるかどうかだ。
 二人の対談は、日本人の固定した狭い考え方を、ガタガタ揺する。
 もっとみんなは長期休暇をもてるようにすべきだ。サバティカルと呼んでいる、大学教員などが、研究のために長期の有給休暇をとれるようにする制度だ。災害復興に必要なのは、サラリーマンのサバティカルであると。
 人を変え、考え方を変えないと社会も変わらない。年に数ヶ月は今の暮らしとは異なる生活をするようにすべきだ。そういうことをしないから、津波のような自然災害でぶっ壊れてしまう。社会のシステム、仕事のシステム、家庭のシステム、たくさんのシステムのなかで、人は生きている。だから頭は固く、考え方が硬直する。人間の適応力はプラスに働けばいいが、マイナスに働くと怖い。人は悪い環境に長くいると容易に適応してしまう。一つの視点に慣れてしまって、別の解決方法が見えなくなる。ドイツでもフランスでも、イギリス、ロシア、世界中で複数の生活拠点を持つという文化がある。日本の歴史をみても、江戸時代お伊勢参りとか、出羽三山参りとか、長期の休暇をとって庶民が旅をして、異なる暮らしの文化に触れた。
 これまでのシステムに乗っていくことは無難で楽で、風当たりもなく、一定の成果があればそれで良い。そういう考え方で、従来どおりのやりかたに固執するのが多くのサラリーマンの姿だった。
 ぼくは、去年から行政を見つめる活動の仲間入りをしている。6月は、地元の議会の傍聴を5日間行なってきた。運動仲間とともに、委員会と本会議を全日傍聴し、行政と議員の発言、討論を聞いてきた。各論についての具体的な評価はあるが、総体としての印象は、これだけの人で、これだけの審議で、ことが決まり政治が行なわれていく怖さだった。そうして市長が言う、我々は市民から選ばれたものであり、市民から任されている存在であると。
 それゆえに、市民の意見に耳を傾けるのは儀礼的で、パフォーマンス的にならざるを得ないのだ。
 国も地方も、行政機関の器の中から、外を観察するばかりで、広い庶民の現場に立たず、内にいるもの同士の駆け引きや馴れ合いで動いているように見えてしかたがない。

お二人は、旅をしなさいという。世界を旅していると、日本の常識がいかにおかしいか発見すると。養老さんは虫捕りがしたい。だから、「日本に住む必要はない、一年中虫が取れるところに住みたい、コスタリカラオスマレー半島なんて理想だね」と。