ツバメが帰ってきた



 我が家の軒にツバメが帰ってきた。
 4月中旬、今年の初ツバメを見たのは、まだ寒い日が続くころだった。氷点下近くになる日もあり、穂高地区で見かけたときは、ええっ、この寒いときに大丈夫かいと心配した。それから何日かして、我が家の軒の、これまでの古巣に夕方、一羽の姿があった。やっぱり帰ってきたかい。
 ツバメは何日か一羽だけだったが、ある日玄関外灯に一羽が止まって、チュチュビチュチュビジクジクビーと、眼前の巣の中にいるもう一羽に語りかけている。「チュチュビチュチュビジクジクビー」、このさえずりは、まったく会話だ。かわいい声でお話をしている。よう、よう、フィアンセを見つけたかい。よかったねえ。昨年は、巣に帰ってきていたので喜んでいたが、巣で過すのは夜だけで、とうとう子育てをしないまま、いなくなってしまった。何が原因なのか分からず、我が家を見限ったのかとちょっと寂しい思いもした。
 その前の年は、犬のランを玄関につないでいたのだが、ランは軒下に昼間は寝そべっている日が多く、ツバメたちは安心して子育てをしたのだろうか、四羽か五羽の子ツバメが元気に巣立っていった。
 今年、近所の巌さんの家では二つがいが巣づくりをしていて、訪問するとツバメが軒先からしきりに出入りしている。巌さんの屋敷は、母屋、ガレージ、農機具倉庫、建具職の仕事場などの平屋の建物がいくつもつながっていて、営巣にはもってこいの場所のようだ。巌さんは以前はもっと多かったと言っている。ツバメが来てくれる家には福が来るよ、というと、笑いながら「糞の始末があるけれどね」と家族が増えたことを喜んでいる。
 三日前、我が家のお椀形の巣の上から、ツバメの黒い頭がのぞいていた。いよいよ卵を温めだしたな、と期待がふくらんだ。今年はせっせと子育てをするツバメの夫婦が、入れ替わり立ち代り、餌を運んでくるのを眺めることになる。おかげで、玄関の軒下は糞だらけになるけれども。だから今、巣の下の地面に紙袋の大きなのを広げて敷いてある。
 「ツバメが激減しています」というニュースが飛び込んできたのは、数日前だった。やっぱり、と思う。日本野鳥の会では、調査を開始した。ツバメが以前の三分の一になっているという。ぼくの子どものころは、学校の行き帰り、ツバメが道路の上を飛び、子どもたちの頭の上すれすれに飛翔していた。手を伸ばせば捕まえられそうな近さだった。
 日本野鳥の会のHPを開けて我が家の情報を送った。ツバメが減っている原因として野鳥の会があげているのは、農地が減ったことでツバメが巣作りに使う泥や餌となる虫が減ったこと、巣作りに適している軒のあるような日本家屋が減ったうえ最近の建物の壁には泥がつきにくい加工が施されていること、それに人の生活環境の変化もあって天敵となるカラスが増えたことなどを挙げている。ぼくは主な原因はそれだけだろうか、と思う。ツバメは冬は南国で生活して越冬する。その冬の環境はどうだろう。また、海を越えてくるときの状況はどうだろうかとも考える。異常気象もある。ツバメのことはツバメだけのことではない。ツバメに現れていることは他の生物にも現れていることではないかと思う。
 日本の環境はさらに悪化した。チェルノブイリでは放射能の影響によって一部分に白い色のあるツバメが発見されたり尾羽に突然変異の異状が出ていることも報告されている。日本で暮らすツバメにも何らかの影響が出るかもしれない。そういうことが起こったら、それは人間を含めた全生物にかかわる危険の証明になる。