フクロウ


金剛山の麓、奈良の御所市名柄に住んでいたとき、集落の夕暮れに、フクロウの声がよく聞えてきた。
寺社の森や屋敷の森に巣をつくっているフクロウらしく、暗くなってくると、ゴロスケホッホーと鳴く声を聞く。
大和の国を防波堤のように守る南紀の山々は植物相が豊富で、生物もまた多様だった。
信濃に来て、フクロウの声を聞かないのが少し寂しい。


フクロウについて、おもしろい話を読んだ。
デズモンド・モリスの書いた『フクロウ  その歴史・文化・生態』(白水社 伊達淳訳)のなかに、こんな話があった。


2007年、ヘルシンキにある国立競技場で、ベルギーとフィンランドのサッカー代表チームが国際試合をしていた。
試合の最中に、巨大な鳥が、選手たちの競技しているところへ急降下してきて、ピッチに舞い降りた。
巨大なワシミミズクだった。
レフェリーは、試合を中断し、フクロウが飛び立つのを待とうと、選手たちを引き上げさせた。
しばらくしてフクロウは、やかましい観客たちにいとまを告げるかのように羽を広げて飛び立った。
ところが、フクロウはゴールのクロスバーの上にまた舞い降り、大勢の観客たちをきょろきょろ眺め回した。その姿は、おびえているというよりも、困っているように見えた。
そして再びフクロウは飛び上がり、今度は反対側のゴールの上にとまり、観客たちを眺め回した。
観客たちをそれを見て笑い出した。
ようやくにして、フクロウは、どこかへ飛び去り、試合は再開された。


モリスは、この話の後にこんなことを書いている。
「たいていのフクロウは人間が大勢集まって騒いだり叫んだりしているとおびえるものだが、巨大なワシミミズクにとってはたいしたことではないようだ。
フクロウがスタジアムで堂々と振舞っていたことから二つのことが明らかになった。ひとつは、ワシミミズクは人間を恐れないということ、もう一つは、ワシミミズクを追い払おうとする勇気ある人は一人もいなかったということである。」
ワシミミズクは、翼を拡げると175センチ、体重は3キログラムになる世界最大のフクロウである。


訳者の伊達淳がこの話に関連して、こんなニュースを紹介している。
2011年3月、コロンビアリーグの試合中に、ディフェンダーがクリアしたボールがフクロウに当たり、フクロウはピッチに落ちた。
横たわるフクロウ、それを選手の一人が、タッチラインの外に蹴り出そうとした。
蹴られたフクロウは死んでしまった。
見ていた観客席から大ブーイングが湧き起こり、その選手は二試合の出場停止、そして107万200コロンビアペソ(約四万五千円)の罰金処分を受けた。
このフクロウは、スタジアムの屋根の下に住み着いていて、ホームチームのマスコット的存在だった。
蹴り殺した選手はその後、動物園でフクロウに関する講習を受け、月に一度は動物園でボランティア活動をすることを約束した。


数万年前から壁画にも描かれてきたフクロウ、人間の暮らしの近くで、人類とともに静かに生きてきたフクロウ、
フクロウの住んでいないところは、それだけ自然環境が衰弱しているところでもある。
臼井吉見の小説『安曇野』に登場する小鳥たちの種類は多い。明治の時代から比べて、今、鳥たちのすみかは極端に少なくなった。
埼玉のどこだったか、ニュースで見たサツマイモの里は、帯状の雑木林の隣に畑、その隣に屋敷と、必ず雑木林をセットにして田園の中に残してきた。江戸時代の先人からの伝統であり文化だった。それが今も活かされ、動植物の豊富な里は、作物もすばらしい稔りをもたらしている。