冬来る


一夜明けたらヤーコンの葉が枯れていた。霜の降りた氷点下の朝だった。
暖かい日があったり、寒い日があったり、天候の急激な変化を繰り返す初冬のある日、動植物にも大きな変化が起こる。
霜夜につづいて大嵐が来た。夜通し、すさまじい雨風が窓をゆらした。
屋根はガルバニウム鋼板の波板でしっかり葺いたのに、工房の天井から、ポトリポトリと雨が漏れていた。これまで雨漏りはなかったのに、強い横なぐりの雨は下から上に屋根をはいのぼり少しのすき間からも水がしみこんでいく。晴れた日に屋根に上り、雨漏りの原因を調べて、コーキングをしなければならないが、どこから雨水が入り込んだのか、特定するのは難しいだろう。
ビニールをかぶせていた遅蒔きのほうれん草と冬菜の畝は、風に覆いをはぎとられ、小さな苗はむき出しになっていた。
ヤーコンは見るも無残に緑の葉は一晩で枯れ色になり、ピーマンとシシトウは、葉っぱの生気が失せ、私はもう終わりです、と告げている。
今年初めて五つ実を付けた、身の丈1.5メートルの富有柿は、葉を全部落として一枚もない。色づいた柿の実だけが枝に残っている。もいでやろう。
ヤマボウシハナミズキも落葉が盛んになった。桂は葉がすっかり落ちた。


「迎賓館にお招きします。」
城さん夫妻が突然やってきたので工房の薪ストーブに火を入れ、ひとときを過した。
韓国から炭素循環農法を見学するためにやってくる6人の有機農家の人たちを安曇野地球宿で受け入れ、翌日静岡へ案内する予定で、それまでの少しの時間、城さんは我が家に来てくれたのだった。
韓国の研究家や実践家は、これが最善ではないかと気づくと、爆発的に行動に移すところがあるねと、城さんは言う。ぼくも同感だ。
研究熱心さという点では、安曇野で自然保育を実践している「くじらぐも」へも、韓国から見学団が訪れる計画があると、昨年見学してきた八重樫さんに聞いたが、その情熱にはその時にも驚いたことだった。ほとんど地元の人もその存在を知らない実践を、韓国の人たちが知って、海を越えて学びにやってくるのだから。
城さんの話を聞くと、炭素循環農法も、この2年間ほどの間に全国各地で研究と実践がずいぶん進んでいる。土の中の微生物の世界を研究することと、農業の実践とが、並行して進行している感じだ。
この一点を追究していくと、まだ見ぬことも見え始め、発見が生まれてくる。城さんは学者・研究家でありながら、炭素循環農法で実際に野菜を作り米を栽培している。そしてその仲間を安曇野でも広げている。未知の領域だが、実践家たちは大きなものを探り当てることだろう。
ストーブを囲んでの談話。城さんの足を見たら、靴下をはいていない。
「冬でもはかないの?」
聞けば、城さんは、年がら年中裸足ですごしているという。
「足が熱くてね。靴下を履くと気持ちが悪くてね。かかとが割れてくる。」
「へえー、野生的だねえ。」


うっすらと雪が里山まで下りてきた。
カラマツの黄葉が終わりを迎えている。
カラマツの細かい落ち葉が散るとき、黄色の雪が舞うような光景になる。
舞い落ちる黄金のカラマツの葉に包まれる幻想的な体験には陶酔がある。
雨上がり、安曇野の野から野に大きな虹がかかった。いつもは東か西の空にかかる虹が、珍しく北の空だった。太陽光の状態がどうなっているのだろうか。
さてさて、今日はおぐらやま農場のリンゴ収穫だ。毎年恒例の一本のリンゴの樹のオーナーだから。
庭のヤーコンも掘ろう。大きな芋が入っているかな。
進さんは、三回目の入院治療を終えて、もう退院しただろうか。奥丹波の進さんの畑も、冬枯れしていることだろう。



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