安曇野の地下水の危機

 土曜日の夜に原告団総会があり、出席してきたが、10年に及ぶ運動にとって画期的な講演を聞くことができた。総会は、安曇野の果樹栽培地域に建設された産業廃棄物処理施設と一般ゴミ処理施設の撤去を求める裁判の原告団総会である。
 講演は、総会のあとに続けて行われた。講師は、「全国・水の相談所」代表を務めておられる桂川雅信氏。研究家であると同時に、実践家でもあり、全国の水問題に実地でかかわってきた方であった。今年は、裁判闘争をつづけてきたこの10年目の節目となる。講演内容は刺激的なものであった。
 これまで原告団は三つの裁判を闘ってきた。二つの企業との裁判、安曇野市との裁判、県を相手とする裁判、この三つである。
 10年前、三郷の果樹地帯に、住民の意向を無視して施設はつくられた。安曇野の空気、水、土があぶない、農業、住民への被害が出る、と反対運動が繰り広げられたが、企業は聴く耳を持たず、行政はまったく住民の生活も願いも無視同然だった。
 全国各地で水問題を研究調査し、その解決に向けて活動してきた桂川氏は、これまでの安曇野市の対応や当該企業のやってきたこと、そして裁判内容を調べたうえで、自らの経験と研究を踏まえて話された。聞き手は会員128人であったが、内容は安曇野市行政と全市民への提言であり、それだけの価値あるものであった。

 桂川氏は問うた。
 安曇野の地下水は大丈夫ですか? 長野の水は大丈夫ですか?
 将来にわたって大丈夫だと胸張って言えますか。その証拠は何ですか。

 日本の水は豊かだと言われる。それが常識になっている。しかし、日本の水資源はそんなに豊かではない。統計では世界の中くらいの位置であり、降水量はむしろ減少傾向が続いている。最近集中豪雨はあるが、渇水と大量降雨の幅が大きくなってきている。長野県の年間降水量は山間部を除くと全国平均を下回っている。松本で、1031mm(1981〜2010年)。(講演後、調べてみるとその年によって異なるが、東京で1466mm、大阪で1306mm、名古屋で1564mmというデータに出会った。)
 長野県の水道用水は、圧倒的に地下水依存型である。安曇野市は全部地下水になった。この地下水や河川水は「公水」であり、企業や個人が勝手に使ってよい、汚れを出してもよいという考えは許されない。安曇野の地下には大きな地下水のダムがある。(120億トンとか)
 問題は水量だけではなく、水質もなのだ。水量が減ると水質に大きく影響する。地下水が汚染されたら致命的なダメージとなる。目に見えぬ地下水だから、汚染が表面化するまでに長い年月がかかり、表面化したときはすでに遅し、解決できない状態になっている。そしてその汚染をもたらした原因者を突き止め、責任を負わせることは困難である。産廃業者が、汚染を垂れ流し、地下水を汚染しても、逃げ得になってしまう。結局困難な解決に市民の税金が投入されることになる。
 半世紀前まで日本の川、湖、海には、微生物が分解できる有機物が主に流入していたが、その後高度経済成長期では微生物が分解できる量を超えて垂れ流したので、日本中が汚染にまみれた。さらに問題は、有害化学物質が市場にはんらんし、新たな汚染が起きていることである。日本は市場優先社会になってしまい、たとえば、指定食品添加物は393種もあり、アメリカの133種、ドイツの32種、イギリスの21種に比べて格段に多い。家庭から排出される化学物質は5万9千トン(年)というデータがある。洗剤、防虫剤、化粧品などもその中に入る。
 それら汚染原因物質が、地下水の中に流入していって、知らない間に汚染が進行していく危険を市民は考えなければならない。安曇野は森口礫層という水を通しやすい地層である。そういうところに廃棄物処理施設を業者がつくり、それを行政が許可している。
 業者の施設には危険をもたらす疑問点が多い。廃棄物を処理した汚染水は地下浸透させている可能性がある。持ち込まれる廃棄物には有害な化学物質を含んでいるものもあるだろう。どんな物質が含まれているか調べることもできない。業者任せである。業者は問題を隠蔽する。こういう体質が、日本全国でまかりとおってきた。
 安曇野地下水が汚染したら、水道水は今のような消毒のみでは飲めなくなるだろう。名水百選は終わりを告げるだろう。山葵田は大打撃を受けるだろう。酒造会社は酒をつくれなくなるだろう。桂川氏は力説した。日本酒は不純物のないいい水のあるところでしかつくれない。


 安曇野市は、「安曇野ルール」を定めて、地下水保全しようとしている。そのことは画期的なことである。
 平成24 年、安曇野市地下水保全対策研究委員会の作成した「安曇野市地下水資源強化・活用指針」にはこうある。
「地下水が私水として扱われ、無秩序に開発された時代は終焉し、地下水を公共の財産とみなし、これを守り、育み、活用する新しい時代を迎えようとしています。
 松本盆地の地下には、河川が搬送した厚い砂礫層が分布しており、この砂礫層の間隙に豊富な地下水が貯えられています。安曇野に降った雨や雪、水田に導かれた農業用水や河床から伏没した河川水は、地下にしみ込んで地下水となり、犀川高瀬川穂高川の合流点付近(三川合流部)へと流下して、湧き水となります。
 かけがえのない共有財産である地下水、指針の基本理念は
   1.地下水は市民共有の財産である
   2.全市民が地下水保全・強化に努め、健全な地下水環境を創出する
   3.地下水資源を活用し、豊かな安曇野を次世代に引き継ぐ」

 「安曇野ルール」はこのように定めている。
 10年間放置し続けてきた産廃施設問題である。この「安曇野ルール」にもとづいて、市民と行政が実践し行動するならば放置することは許されることではない。
 講演をした桂川さんは、「地域の水は地域で守ろう、安曇野の水は市民の宝だ」と、これまでがんばってきた市民運動にエールを送り、自分もこの闘いに参加することを表明された。力強い助っ人の登場である。
 まずは多くの市民が、事実を直視し、水を守るというところに立つことであろう。