若宮神社はお稲荷さんである。そこにある畜魂碑。
足跡だけが田んぼの中を横切り、道を通ってあぜに入り、
新雪の上の足跡はキツネ。
毎日雪が降るようになって、新雪に残された足跡が、生き物の生きている証になっている。
ある朝、陽の昇る前、キツネが巣に帰っていくらしく、西の山から東へ、野を疾駆していった。
太く長い尾が体と平行に後ろに伸びる。
一本の横に伸びる、黒い野生の動体。
眼で追うと、キツネはブドウ畑の向こうの耕作放棄地に消えた。
しばらくその辺りを見つめていると、2頭のキツネが現れ、右に左に走り戯れている。
その辺りに巣があるのだろう。
親子だろうか、つがいだろうか、
きょうだいだろうか。
彼らは獲物を求めて夜行動し、陽の昇る前に巣に帰っていく。
雪の日は、キジも家近くにやってくる。
キジもキツネも、食べ物がないのだろう。
厳さんの畑の横を通っていたら、車の前方を横切りかけてまた元にもどった動物がいた。
この昼間、キツネとは思えない。
車を止めて動物のいた辺りを眼で探すと、道から入り込んだ生垣の陰に、茶色い生き物がいた。
やっぱりキツネ?
生き物は、ゆっくり逃げ出した、右の後ろ足を引き上げ、三本足で。
どうしただ? けがでもしているだか?
いやこれはキツネではないな、しっぽが短いな、
犬かな、
生き物は、生垣に沿ってぴょこぴょこ進み立ち止まってこちらを伺っている。
耳が立っている、そこはキツネに似ている。
足は車でひかれたか。
だがしっぽの短さ、キツネとは違う。
犬だとすれば、だが、放し飼いの犬はいない。
野良犬もこのあたりにはいない。
キツネなのか犬なのか、キツネなら、足もしっぽも病気なのか怪我なのか。
交通事故にあったのか。
正体をつきとめたかったが、道路上に停車したままだった。あきらめて生き物を置いて帰ってきた。
一頭の生き物、食べ物もなく、足が三本では獲物もとれないだろう。
この雪のなか、やがて飢えがやってくる。
怪我をした動物、病んだ生き物は、淘汰されていく運命が待っている。
一頭の生き物、
見た者におとずれる哀感が、しばらく心に揺らいでいる。
南の塩尻峠の向こう、
最も低い地平線にそびえたつ南アルプスの三つの雪山、
あれは甲斐駒ケ岳、北岳、仙丈岳にちがいない。
三つの雪山を地図の上で調べてみた。
ここから塩尻峠と三つの山を直線で結ぶ。
そして判明した。
左に見えるピラミッドが甲斐駒、
真ん中の槍のように尖ったのが北岳、
右のどっしり広がったのが仙丈だった。
春はまだか。