野ウサギの行方

 今朝、キジを見た。みよ子さんの家の裏へ急ぎ足で隠れた。キジはいつも急ぎ足で歩く。危険を感じたら飛ぶが、ほとんど早足で移動する。
 キジは見かけるが、野ウサギを見ることがない。青年の頃、冬山に入ると、雪上にウサギの足跡をよく見かけた。後ろ足と前足の着地点の形が違うからすぐに分かる。少し間隔の開いた二つの足跡と、二点がくっついた足跡とが交互に雪の上を続いている。
 10年ほど前、イングランド湖水地方を歩いたとき、朝の野を複数の小型のウサギが薮から薮へ駆け回っていた。目の前を、5、6匹が一斉に走る。ビアトリクス・ポッターの絵本、ピーターラビットの世界がそこにはあった。
 18世紀から19世紀にかけてイギリスの産業革命は著しい産業経済とそのシステムの発展を成し遂げたが、それに伴って自然破壊と公害もブリテン島を覆った。エジンバラの建物も煤煙で黒くなった。今もその汚れが残っているが、それは歴史の重みとなって、街の風格をなしている。
 その後のイギリスは、100年をかけて森や野の、自然の再生に取り組んだ。その結果が、野ウサギが生き延びる環境となった。人家の近くで野ウサギが戯れる環境と、その姿を見ることの少なくなった日本の環境と、何が違うのだろうとその時考えた。ピーターラビットの世界には薮や林、湖水があり、牧場の草地が広がっていた。それがウサギの餌場として最適なんだろう。ウサギを狩るのはキツネ。たぶん、ウサギがいる限り、キツネもいるだろう。
 畑や田の広がる安曇野、みよ子さんの家の裏に巣を作ったキジは、昨年春にキツネに襲われた。キツネにとっては、キジは格好の獲物だ。キジがいるから、キツネは山からやってくる。では、山のウサギはどうなったのだろう。野が雪に覆われたときに、ウサギの足跡を見ることがない。キツネの餌になるとしても、キジが生きているのだから、ウサギも生きることができるのではないかと思うが、はて、ウサギはどこへ行ったのだろう。山奥に潜んだままなんだろうか。