子どもの目線



「国民の目線で」と、政治家が言う。
言葉では言うが、立つ位置、立つ場が異なるから実際にはそれはできない。
立つ位置、立つ場が違うと目線も違ってくる。
それなら何ができるかというと、民の声に耳を傾けること、民の生活実態を観ること、民の心を想像すること、それができるなら民に近づける。
エジプトが大きく動いている。
長期間、権力者の椅子に座って、権力をほしいままにしてきた人間は、上から下への目線しか持たない。
動かすものの目線、操作するものの目線、従わせるものの目線だ。
すでに民の目を失ってしまっている。
「労働者の目線」「消費者の目線」「患者の目線」
そういう目線もある。


「子どもの目線で見る」と言う。
教師は子どもの目線で見ることができているか。
親は? 国民は?
子どもの目線で見るには、立つ位置を子どもの立つ位置に変えねばできない。
小学一年生の目線に立つには小学一年生の背丈になって見る。
教室の教壇に立っているだけでは、子どもの目線に立てない。
教師も子どもの席に座ってみる。
子どもの椅子、机、座ってみたら感じるものがある。
一時間ぐらい座って他の先生の話を聞いてみる。
先生の声、表情、言葉、話し方、気づくものがある。
それは子どもの心に届かないよ、と思うところがある。
食事も子どもと並んで食べてみる。
子どもの仲良しの実態が分かってくる。
子どもの生活が伺える。
子どもと一緒に歩いて登校する、下校する。
そうか、これが地域の環境なのか。


ランドセルを背負った子どもが歩道のない車道を歩く。
その横を大人たちの車が行く。
車の大人たちは冷暖房のきいた空間の中にいて、子どもを眺めて通りすぎていく。
酷寒の冬は、凍る道、新雪の積った道、北風の寒い道。
学校制度が始まってから変わらない通学道だ。
酷暑の夏は、日射をさえぎる木陰のない道、じりじり焼けた舗装道路。
背丈の小さな子どもたちは、道路の熱射が体を焼く。
昔はそこらにあった雑木林も、今はない。みごとに切り払われ開墾され、建物が建った。
木陰の下を涼風の吹く、歩くもののための並木道は作られなかった。
林、川、野、子どもたちにとって好ましい遊びの環境は消えたまま、放課後や休日に、外遊びする子どもたちの姿が消えて久しい。


勤勉な先人たちは、森を切り開き、開拓し、水路を引き、川はコンクリートで固め、車道を舗装し、建造物を建て、生産と安全と利便を追求し、生活のために整備してきた。
子どものために学校を建てた。
それは見事なものだった。
しかしその過程の「子どもの生活の目線」に立った環境づくりはなかった。
雑木林や木々を子どもたちのために残すことはなかった。
魚が泳いでいる小川を子どもたちのために、残すことをしなかった。
子どもたちが群れて遊ぶ広場を、街の中につくることをしなかった。
公園づくりも、木登りのできる大きな木を植えることはなかった。
子どもたちは、虫捕りも釣りも水遊びもすることがない。
夏の田んぼをにぎわしていた水生昆虫は見えず、ホタルは飛ばない。
街づくりに地域環境に、「子どもの目線」はとんと忘れられていた。
近所の桜並木が、昨年の秋に幹を残して切り払われた。
大きく茂りすぎた桜並木が、木陰を作り田んぼの稲の生育が悪くなるからだという。
満開の桜が常念岳をバックしにして美しい景観を作ってきたのも、今年は見られない。


花より団子、
景観より経済、
心の糧より腹の足し。


子どもたちの今、
ケイタイ、電子ゲーム、インターネット、次から次へと「楽しい」道具が子どもをとりこにしていく。
友達と遊ぶ場所も時も奪われ、奪われていることも知らず。


だが子どもは生き物のDNAをもつ。
子どもは歩きたい、走りたい、手をつなぎたい、取っ組み合いたい、泳ぎたい、潜りたい、
木登りしたい、いたずらしたい、魚を釣りたい、虫と遊びたい、友達と遊びたい、知らないことを知りたい、冒険したい。
子どもには子どもの育つ環境がある。