「乳と蜜の流れる地」


 工房の入り口に敷石を敷いている。


凍土はこんなに固いものなのか。
工房の前に石だたみを敷いている。
このあたりは烏川の扇状地を開墾したところで、人間の頭ほどの石から小石まで土の下からいくらでも出てくる。
それらは、野道のあちこちに積み上げられているのだが、その石のなかにいずれかの面が平らなのがある。
それを選んで一輪車に積んで持って帰って来る。
敷石は平坦に敷かねばならない。それゆえ厚みも形も異なる石を同じ高さに収めるように土を掘る。
ここ数日、最低気温がマイナス6度からマイナス10度、日の当たらない北側の地面だから凍結が土の下まで及んでいる。
ツルハシを振り下ろしても、ピックの刺さったところ2センチほど、かちんかちんの土が跳ね飛ぶだけだ。
コンクリートの中の砂利のように一体化した土の中の小石も、土からはがれることなく、ツルハシが当たると火花が飛ぶ。
「凍土を掘り起こし」という言葉が頭に浮かんだ。
訪れた宮城県の山の小学校分校、廃校になった分校の校庭に残されていた石の碑。
そこは山の開拓地であり、牛を飼い畑を開いて村をつくった。
村人たちは、生まれてくる子どもたちに希望を託して、凍土を掘り、学校建設に力を合わせた。
そうしてできた小さな木造校舎。
開拓農家の子どもたちが集った。
「凍土を掘り起こし‥‥」、村人や子どもたちの希望と喜びを碑は伝えている。
分校から坂道を上れば、大きな石の開拓記念碑があった。
そこには村人の夢が刻まれていた。
「我らはこの地を乳と蜜の流れる地にせん。」
「乳と蜜の流れる地」、旧約聖書にある言葉である。
古代の地名である中東のカナンの地(ヘブライ語)、そこは地中海とヨルダン川死海に挟まれた一帯。
神がアブラハムの子孫に与えると約束した土地であることから、約束の地とも呼ばれる。
だが、豊饒の大地「乳と蜜の流れる地」は、戦乱の大地となったまま。


旧約聖書の言葉を借りて、希望を語ったあの村は、いまどうなっているだろう。
心のよりどころだった学校がなくなってから、村人の希望はどうなっただろう。
人が寄りあい、村が生まれれば、まず学校が作られる。
子どもたちの育ちが、何よりも村人たちの希望であった。

信濃の中央に四賀村がある。
その村の村長だった人の文章を見つけた。
中島学氏、
四賀村を「乳と蜜の流れる里」にしようと、エコビレッジの建設を目指して、村づくりの夢と実践がつづられていた。
その要旨はこうだ。

――山の間伐材は、ログキットに加工し、クラインガルテン市民農園)の休憩や簡易宿泊施設の建築材にしよう。
土木・ガーデニング用の杭材としても循環しよう。
アルプス自然農法研究会を結成し、持続可能な循環型農業を始めるのだ。
除草剤を使わず、アイガモの力を借りてアイガモ米をつくり、
馬鈴薯、松本一本ネギ、坊ちゃんカボチャ、インゲン、トマト(糖度6.0以上、有機独特の味)、ナス、ミニトマト、キュウリ、シソ葉等で、JASの認証を取得する。
農薬で土を汚さないよう、地下水をきれいに守り、きれいなふるさとを目指そう。
この地は信濃川の最上流部に位置し、水源地に住む者の責任として、決して川を汚染してはならない。
1,800世帯の住民の生ゴミは、処理機で中間処理し、自家農園に返すのだ。
畑を持たない家庭のものは村が買い上げ、有機センターで処理して完熟堆肥とする。
有機センターで生産される堆肥は年間2,000tを超える。
村内の畜産厩肥、家庭生ゴミはすべて地域内循環にするのだ。
ふるさとの活性化と、都市生活者への幸せの提供という多目的を掲げ、滞在型のクラインガルテンを作ろう。
ヨーロッパへクラインガルテンを訪ねて、その機能の偉大さに感嘆した。
クラインガルテンは、将来日本に必ず必要になるものと確信した。
首都圏とその隣接地域、2,000人を対象としたアンケートを実施した結果、クラインガルテンへの関心が非常に高く、「できれば利用したい」が82%を占めた。
いよいよクラインガルテンの実現だ。
国県の補助事業の適用を得て、平成6年春に20 区画をオープンした。
応募者は500 人に及んだ。
その応募理由には、
「子どもと共に緑の空間で思い切り走ってみたい」、
「誰にも邪魔されず自分探しをしたい」、
「夫婦で思い切り自由にガーデニングを楽しみたい」、
「無農薬野菜を自分の手で作り、知人にも分けてあげたい」、
「村びとと交流し、この村の歴史や文化に浸りたい」、
とあった。
ガルテナー(農園利用者)の限りない夢と希望だった。
役場庁舎を訪れた人の目に真っ先に飛び込むのは大型の薪ストーブだ。
健康な山づくりのため毎年除間伐が行われるが、従来は捨てていたものを、森づくりの大切さのPRのために、薪にして役場庁舎の暖房に使う。
来訪者はここで暖をとり、世間話に花が咲く。
コミュニケーションの場ともなっている。――



そして、次の文章でしめくくられている。
「本当の豊かさとは何か、本当の幸せって何だろう、汲めども尽きない課題である。
環境問題を、『乳と蜜の流れる里』、静かな中山間地の四賀から問い続けていきたい。」


希望を画き、みんなが力を合わせるところに、「乳と蜜の流れる地」は生まれる。