一つの道しか歩けない


ふけたもんだ、新しい免許証の写真を見て思う。
車の免許証の更新手続きをして、警察で新しいのを受け取った。
これまでのはその場でパンチを入れられ、穴あきになったのを戻された。
「処分してください。」
新しい免許証の写真は、バリカンで刈った頭がつるつるだが、古いのはまだ頭髪が黒い。
この5年で、顔もずいぶん年をとった。
時の流れはいやおうなしに、万人万物に喪失をもたらす。
人生は喪失の連続だ。
喪失しながら新しいものと出会い、新しい時間に入っていく。


ホノちゃんが朝、保育園に行きたくないと泣いてママを困らせたそうだ。
ママはお仕事、ホノ行くよ。
ママと一緒の時間は失うけれど、保育園に行けば、ホノちゃんは友だちと遊ぶ時間を手に入れる。
ホノちゃんは保育園で、歌を歌い踊りを踊った。


学校へ来なくなった生徒がいる。
学校へ行きたくない。
学校へ行けば安らぎが得られない。
家に居れば、安らぎが得られる。
けれど、友を得ることができなくなった。


たくさんの若者が村を出た。
村を捨て、家族とはなれて、一つの職を得た。
一つの職を得たものの、ほんとうにやりたい職を得ることができなかった。
かつての仲間は離れ離れになり、若者は孤独になった。


村に帰る男がいた。
街の生活を失っても、やりがいのある暮らしがしたい。
男は農業を始めた。
だが、金はもうからなかった。
金はもうからなかったが、仲間を得た。


いくつかの選択肢の中から一つを選ぶということは、他を排除するということなんだ。
一つの学校に入るということは、他の学校に入らないということ。
一つの部活を選ぶということは、他の部活に所属しないということ。
一つの職に就く。
一つの居住地に住む。
ひとりの伴侶を選んで結婚する。
それは全部他を除くということ。


一つの道に入れば、他の道を歩むことはできない。
一つを信じれば、他をよける。
右へ行くなら、左を捨てる。
左へ行くなら、右を捨てる。
どっちつかずだったら、停滞する。
停滞すると、考える。
考えた結果、一つを選ぶ。
一つを選んで一つの道を歩む。
一つの道を歩めば、他を歩めない。
一つの道しか歩けない。
選んだ道が正しかったかどうか、それは分からない。
捨てた道は分からない。
歩まなかった道は分からない。