バラの木の、スズメのねぐら



五年前、大和の国・金剛山麓から信濃の国に引越すことになったとき、ご近所の方がバラの苗木を餞別に下さった。
一人の奥さんがモッコウバラ、別の奥さんが白花のツルバラ、それぞれ小さな苗木だった。
モッコウバラを下さった方の家には大きなモッコウバラのアーチがあり、満開のときはそれはそれは美しい花の環が姿を現した。
安曇野に来てその二本を家の入り口近くの壁際に植え、根を元気にするために落ち葉や木材チップなど有機質をたっぷり入れた。
モッコウバラは勢いよく育ち、支柱をはいのぼって、春には黄色い花を無数につけるようになった。
白バラは初め元気がなかったが二年過ぎてから、土がよくなったのか元気に蔓を伸ばしはじめ、花も咲かせるようになった。
白い花弁の中に黄色のしべがかわいい。
今年の春は、屋根まで伸び広がった蔓に、まずモッコウバラ、つづいて白バラが咲き、いっとき黄色と白が交じり合って豪華な花のホリゾントになった。
モッコウバラには棘がなく、白バラには硬い棘がある。
両者は蔓を伸ばして絡み合い、うっそうと茂る。


今日、あまりにも混み過ぎたから剪定をしようと、脚立に上って絡み合って延び放題の枝を切り取っていった。
棘に刺されないように、厚手の皮の手袋をつけて、はさみで切った枝を引き抜き取り去る。
蓼科のイングリッシュガーデンの店で買ったイングランド製の皮手袋は威力を発揮した。
棘はまったく刺さらない。
チョキチョキやっていったら、バラの茂みはずいぶんすっきりした。


夕方、薄暗くなってきたとき、スズメの若々しい元気な鳴き声がバラの木の上辺りにしきりに聞える。
見ると屋根の雨どいから頭をのぞかせたスズメたちが、バラの茂みを見ながら騒いでいる。
何をそんなに騒いでいるんだい。
はっ、と思い当たった。
しまった。そういうことか。
すまんすまん、悪いことをした。


この秋ごろから夕方になると、バラの茂みにスズメが集まるようになり、
夕暮れ、バラのそばを通ると、茂みの中からスズメが驚いて数羽飛び立つことがあった。
朝早くそこを通るとやはり飛び立っていく。
ここはスズメのねぐら?
人間に近いこんなところをねぐらにしているのか?
そうか、ここはかえって彼らの求めるところなのかもしれない、安全だと。
外敵に襲われることがない。
葉の茂り具合も密集し枝も多く、外からは見えず、ねぐらにはもってこいだ。


今年生まれたスズメたちがまだ巣を作れず、一本の木立の中に集まり、寄り添い合って冬の夜を共に過す。
そういう木がある。
その木にこのバラの茂みがなっていた。
剪定するとき、そのことをすっかり忘れていたぞ。
スズメたち、
「ぼくたちのねぐら、壊されているよ。」
「たいへんだ、たいへんだ。」
と、言い交わして騒いでいたのだ。
そういうことだったのか。
ああ、しまった。半分ほど枝を払ってしまった。


スズメたち、もう鳴き声がしなかった。
どこか別のところでこの寒い夜を過しているだろうか。
それともまたバラの木の中に戻っただろうか。
今日は寒気が厳しい。
氷点下5度にはなるだろう。