指を怪我した


幅3センチの木に電気カンナをかけていた。
家庭用の電気カンナ、それを右手に持って、木を左手に持って、2ミリほど削る。
スイッチを引いてブルーンと回転するカンナを木に押し当てたとき、バンと衝撃があり、左手の手袋の人差し指がちぎれて飛んだ。
やったー、急いで左手の指を見ると、爪の辺りが無く、みるみる血が吹き出てくる。
しまったあ、やってしもたあ。
家に駆け込んで、救急箱を探した。あわてていると、どこに何があるのかも分からなくなる。
ガーゼはどこだ、ない、ない、えい、バンドエイドでもかまわん、それよりまず傷口を洗い流して、と水道の水でしばらく洗い、
バンドエイドでくるんで包帯をし、外科の医院を書いたカードをさがす。
あった、病院・医院名を書いた一覧表。だが、近くによさそうな外科が見当たらない。
えい、赤十字病院に行こう、そこなら何度かお世話になっている。
車を運転しながら、叫んでいた。
「アホウ、バカモン!」
電気の工作道具は危険だから、いつも慎重に、安全を確認して使っていた。
それが今日は、ぼけっとしとった。
「アホウ、バカモン!」
使い慣れてきたときがいちばん危ない、そのことは重々分かっていたのに油断した。


病院の受付の女性は、胸のところに突っ立てている血の滲んだ包帯の指を見、状態を聞くと他の職員と相談している。
「救急外来へ行ったほうがいいです。外科の外来だったら時間がかかりますから。」
と言ってすぐに対応してくれた。
救急の医師はもうかなり年配の先生だった。
「どうしましたか。」
「電気カンナで削りました。慣れてきたから油断しました。」
「いや、そういうことがあるんですよ。一瞬ですからね。電動工具は。どれどれ、指の状態どんなですか。」
「あまりよく見ていなくて分かりません。」
「そうでしょう。あたりまえですよ。」
包帯をはずして、傷口を調べ、
「見て下さい。こういう状態です。」
指先が爪の一部分を含めて削れて凹んでいる。
「ベッドに寝てください。」
シュウシュウ洗う音がして消毒と処置が済んだ。骨には異常はないようだった。
「電気カンナで何をしていたんですか。」
医師は終始おだやかで、のんびりしている。
「工房をつくっていまして。」
「ほう、工房、すごいですな。工房で何を作るんですか。」
「家内が柿渋染めをやっていまして。染色です。」
「はあ、奥さんが柿渋染め。奥さんのために。すごいですなあ。」
「いや、私は私で、私も何かするつもりで。」
「はあ、いいですなあ。実は私もつくっていましてねえ。」
「何をつくっておられるんですか。」
「薪小屋をつくってるんですよ。院長に作り方聞きながらねえ。」
ははあ、薪小屋、そうすると薪ストーブを置いておられる。
冬はやっぱり薪ストーブ、まあ、薪を準備するのが一苦労だけれど。
リンゴの古株などを薪にする場合、それを切断して薪割りしなければならない。それもまた楽しい苦労。
「化膿止めに抗生物質三日分処方しますが、どうですか。アレルギーはないですか。」
「はい、それはないです。」
「私はこの抗生物質で若い頃、発疹がでましてね。年取ってから、それ、あのピロリ菌を除菌するために、この抗生物質を飲んだら、全身に発疹の副作用が出ましてね。」
「副作用は、発疹で済みますか。」
「死ぬこともありますよ。軽いのから重症までいろいろありますね。まあ、感染症のリスクと副作用のリスクと、どちらをとるかですね。重症の副作用が出るのはまれですよ。処方しましょうか。」


帰りの車、気持ちは穏やかになった。「アホウ、バカモン」はもう飛んでいった。
帰り道の薬局の薬剤師さんも、のんびりした親切なおばあちゃんだった。
処方箋に書かれた医師名を見て、
「ああ、この先生ね、知っていますよ。診療所やっておられて、外科も内科も診ておられますよ。」
そこでまた副作用の話を聞いて、三日分の薬をもらって帰った。
この薬剤師さんもいい人だ。