ヒュッテ・コロボックル 4

 

 

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 手塚さんは、頼まれて一人の青年を山小屋に引き受け、三か月間一緒に暮らしたことがあった。

 その青年は高卒後就職したが、数か月で会社を辞め、仕事を続けることができなかった。彼は学校時代、不登校だった。

 青年は、山小屋に住んでも特に何をするでもなかった。手塚さんは、この無気力な青年が、山小屋での生活に必要な基本的な仕事を自分ですることができるようになってほしいと考えた。ランプに灯をつける、薪を割る、米を洗って炊く、味噌汁を作る、自分の衣類を洗濯する、これらの基本は、必要に迫られてやらざるを得ないような状況をつくった。

 手塚さんは、まさかりを使って、薪割りをした。彼はそれを見ていた。「やってみるかい」、手塚さんはまさかりを青年に手渡した。青年は野性の本能を刺激されたように立ち上がった。初めての薪割り、熟練の技のようにはとても行かず、薪は割れはしなかったが、きっと上手に薪を割れるようになると手塚さんは思えた。

 青年はいつも読書をしていた。暗くなってもランプに灯を入れずに本を読んでいる。山小屋には電気はない。灯りはランプ、このランプの手入れは毎日行わねばならない。ホヤを丹念に磨き、円くきれいな炎が立つようにハサミで芯を切り、油壺に灯油を補充して、それから点火する。初めは手塚さんがこれらの作業をやっていた。5,6日してから手塚さんは少し意地悪い考えをもった。本が読めなくなるまでランプは点けない。青年はどうするか。本を閉じた青年は手塚さんの顔を見た。手塚さんは知らん顔をしていた。

 「ランプを点けていいですか?」

 それを受けて、手塚さんは一連のランプの掃除や、きれいな炎を点け方などを伝えた。青年はそのとおりに実行し火を点けた。青年は嬉しそうに笑った。それから青年は米の研ぎ方、水加減、炊く火加減も自分でするようになった。貴重な水についても認識し、手際よく洗い物をする要領もこころえた。

 一応なんでも自分でしなければならないことを自覚すようになったころ、手塚さんは三日間山小屋を離れて、青年を一人っきりにした。

 一人になった青年は、いくつものランプの手入れをし、食事をつくり、戸締りをし、炊事場をかたづけ、薪を小屋の中の運び入れ、ストーブに火を入れた。

 暗闇が迫ると、深い静寂と寂寥感が青年を襲った。青年は、静寂の中にもさまざまな音が潜んでいることを知った。自分の心臓の音が聞こえた。薪のはぜる音、獣の叫び声もきいた。風が出てきた。モミの森がざわめく。青年はじっと耐えた。

 夜明け、すがすがしい朝が来た。青年は生きていくことに自信が湧いてくるのを覚えた。

 

 三日後戻ってきた手塚さんは青年の変化を感じ取り、一緒に山を歩いた。霧ケ峰の熊笹の群落の中を行く。そこはいろんな野生生物の生息しているところだ。青年は野獣のような足さぐりで歩いた。近くでシカの鳴く声が聞えた。次第に青年のなかに野性がよみがえり始めた。顔つきにたくましさが現れてきた。

 そして三か月後、青年は元気に街に帰っていった。

 

 手塚さんのこの報告は、現代文明によって野性を失っていく若者たちに何が必要なのかを伝えている。

 

 ヒュッテ・コロボックルで休憩したぼくらは、挨拶をして小屋を辞した。手塚さんの息子さんと思われる小屋の主が、

 「ごきげんよう、お元気で、お元気で」

と声をかけてくれた。