現代から古代へ  人間は、いかに生きてきたか 【2】



教材2

  【詠い継がれてきた短歌】から人間の心を探る<2>



俵万智
  (1962年〜。1987年出版の歌集『サラダ記念日』は大ベストセラー)


この味はいいねと きみが言ったから 七月六日は サラダ記念日

寄せ返す 波のしぐさの 優しさに いつ言われてもいい さようなら

左手で 吾の指ひとつひとつずつ さぐる仕草は 愛かもしれず

「寒いね」と 話しかければ 「寒いね」と答える人のいる あたたかさ

真夜中に 吾を思い出す人のあることの幸せ 受話器をとりぬ

万智ちゃんがほしいと言われ 心だけついていきたい 花いちもんめ

午後四時に 八百屋の前で献立を 考えているような幸せ



■昭和万葉集から
  (巻九・十・十一 1951〜1956)


いつしかに 求人欄を 見ることも 生活となり 夜学に通ふ

米なきを 寂しく児童は 答へたり 弁当を我は 開かずしまふ

何のため 生くるやと 吾にたずねくる 少年工あり 吾はたじろぐ

蚕室に 桑呉れ終えし 安らぎよ 小雨の如き 桑を食む音

農業に 生きんかと 己れ糾しつつ 夕寒き野に 麦を踏みゐる



寺山修司
 (1935〜1983 演劇実験室・天井桟敷主宰)


マッチ擦る つかのま海に 霧ふかし 身捨つるほどの 祖国はありや

地下道の ひかりあつめて 浮浪児が 帽子につつみ来し子雀よ

むせぶごとく 萌ゆる雑木の林にて 友よ多喜二の 詩を口ずさめ 



■竹山 宏
 (ナガサキ原爆の被爆者)


人に語ることならねども 混葬の 火中にひらきゆきし てのひら


正田篠枝
ヒロシマ原爆の被爆者)


太き骨は 先生ならむ そのそばに 小さきあたまの 骨あつまれり



■山口 彊
(ヒロシマナガサキ二重被爆者)


大広島 炎え轟きし 朝明けて 川流れ来る 人間筏

黒き雨 また降るなかれ にんげんが しあわせ祈るための蒼穹(あおぞら)