秋晴れの日曜日、穂高の小学校は運動会をやっている。
子どもたちのかん高い声が聞こえてきて、いい天気になってよかったなあと、自転車をこぎながら思う。
万水川(よろずいがわ)の源を訪ねてみよう、今日は最適の日だ。
明治のころ、相馬黒光がエッセイに書いた源の謎を探りに。
まずは湧水池はどのあたりか地図で確認してから出かけた。
国道147号線を越えて、万水川のほうを目指し、住宅地を行くと、
村の道端に標識があった。
思いがけない発見。
研成義塾の跡地、と書いてある。
元矢原村、こんなところに井口喜源治の研成義塾があったのか。今は公民館らしき建物がそこに建っている。
稲刈りをしているおばさんや、草刈りをしているおじさんに、道を聞きながら、万水川にたどり着いた。
近くの田んぼに、ワサビ田のあとや湧水の小池がある。
万水川は堤防を両側に持ち、木々が生え育って、散策するのにいい風景だった。
堤防の上を上流に向った。
左岸から橋を渡って右岸を行ったとき、
行き当たった。
本格的な湧水池。
公園になって、池は光り輝く透明な水をたたえていた。
源水は地下からあふれるように湧き出ている。
日本の名水百選に選ばれていると、立て札にあった。
北アルプスの山の水が烏川を落ち、地下水となってここに至っていると説明板に図示してある。
こういうところがあったのか。
車で移動していては分からない、
歩くか自転車で動くかしなければ分からない、
自分にとって「隠れたところ」がいたるところにある。
池には、カモの家族が遊び戯れていた。
そこから先の上流は、川幅は狭まり、
どこにでもある普通の水路風の川になっていった。
午前の時間はあとわずかしかない、そこで上流探索は打ち切り、
次の機会にその続きをすることにした。