野菜たち、生き切る


 蔓に残った最後のゴーヤ



夏の野菜たち、すっかり衰えてしまった。
畦の上から取りかたづけてしまったのと、ぼくの未練でまだ畑に残してあるのと。
インゲンは緑の葉っぱを少し残して、ほとんど枯れてきたから、近々片づけよう。
ゴーヤも、3株は支柱も取り除き引っこ抜いたが、2株はまだ小さな実を残しているので、そのままにしている。
天寿をまっとうさせようか、どうしようか。
彼らは最後の力を振り絞って実をつけようとしている。
キュウリの古株はウドンコ病が出て、葉が枯れ、全部取り除いた。


同時に苗を植えるのではなく、日にちの差をつけて順次苗を植えると、長く途絶えることなく収穫できるから、
キュウリとインゲンは、そうしたのだが、いちばん最後に種から育てたのは、今花をつけている。
小さなかわいい実も見つけたが、これは大きくなるか、あやしい。
このごろの朝夕の気温の低下と、しばしば降る雨は、まだ幼い彼らの生育を妨げ、
たぶん適期は終わりを告げたことを知らされるだろう。
力尽きて、花を咲かせる力がなくなるまで、彼らは生き切る、見事なものだ。
インゲンもゴーヤも、ミニトマトにキュウリも、長い期間、毎日毎日、実を贈ってくれた。
気温が25度を越え、地温があがらないと、芽が出ず、生育もしないインゲンにキュウリ、環境に適応して生きている彼ら。
夏の野菜は、秋から冬の野菜たちにバトンをパスしていく。
たくさん採れたインゲンは冷蔵庫に保管して、いまも食べている。
ゴーヤは、洋子が佃煮にしてくれた。
ゴーヤの実を細かく切り、かつおぶしに砂糖、醤油で、煮込んだもので、
新米のご飯にのせて食べるとなんとも言えないおいしさ。


冬野菜は、一雨ごとに、元気になって、大きく育ってきた。
当分、大根の間引き菜が食卓に上る。
この前までは、ニンジンの間引き菜だった。
これから、野沢菜の間引き菜と赤カブの間引き菜が、食べごろになる。
サツマイモは半分ほどの畦を収穫した。
今年のサツマイモは甘く、ほくほくして、栗よりうまい13里だ。
9里4里うまい13里、石焼イモ屋のうたい文句だった。
お向かいのマーばあちゃんにも、サツマイモとカボチャをあげたら、うれしそうだった。
昨日は大根の間引き菜を持って行った。


キャベツ、白菜が目を見張るほど大きくなり、
山東菜、ほうれん草、小松菜が育ち始めた。
サトイモの収穫が近い。