安曇野のビジョン


 桑の実


安曇野市は今市庁舎建設について市民の意見を聴いている。
意見の締め切りは六月末だったので、ぼくも意見を送った。
安曇野市役所は、5ヵ町村が合併して市になってからも元の町村役場の建物を使ってきた。
だが、分散した庁舎では何かと不便であり効率も悪い、市民にとってもややこしい、一つの統合庁舎をつくってはどうか、という意見が強くなり、
そこから本庁舎建設案が検討されてきた。
それに対して、市民の中から、「はこもの」を新たにつくる必要はない、既存の建物があるのだから、それを使えばいいではいないか、という反対論がおきていた。
ぼくは、主に『利便性』、『効率性』、『構造性』から建設を語るだけでいいのか、という疑問を持った。
5ヶ町村が合併して安曇野市になってから、行政が身近な存在ではなく、遠くなったという感想を持つ人もいる。
市民に近い行政か、遠い行政か、そこには、行政の描くビジョンや市職員の職務のあり方が現れてくる。
「お役所仕事」という言葉がある。
役場の中に「待ち」の姿勢でいるのではなく、現場に出てきて市民の生活や暮らしを知る、そういう現場の実態に根ざしたスタイルの市政になってほしい。
そうして先駆的、先導的役割を果たす行政にしてほしいと思う。
農業の後継者育成、安曇野の自然・風土・環境の保全、教育・文化・芸術・福祉の創造、などを市民と共に実践していく行政、
そして100年の将来ビジョンを創出していくいとなみ、
両者がドッキングしていかねばならないと思う。
そのことを抜きにした市庁舎建設プランは、骨抜きになる。
りっぱな建物ができた、けれども「役所にひきこもる」行政であれば、器は官僚主義の器になる。
権威主義脱官僚主義、脱お役所仕事、
ぼくは安曇野から失われていく『調和』の視点を入れて意見を書き、市に提出した。


安曇野地球宿をやっている望三郎君から昨日通信がとどいた。
東京から安曇野に引越ししてきて、昔養蚕をしていた古民家を借り、たくさんの仲間の援助を得てリフォームし、そこに住む。
彼は、安曇野を心より愛し、悦子さんとともに二人の子どもを育てる。
友を呼び友を作り、田畑を耕して半農半宿を行なう。
通信の後半に次の文章があった。


        ▽     ▽     ▽


  「宿にいろんな人が来てくれますが、なかでも 『地方に移り住んで、農的な暮らしを送りたい。』『移住先として、安曇野を希望する。』 という人が近頃本当に多いです。
 6月だけでも6組の方がそうでした。みんな20代後半から30代前半の方たち。
  家族を作り、生計を立て、人生これから・・・の人たちが、その舞台として地方に移り住み、農的な暮らしを送りたいと願っているのです。
  そんな彼らにとって地球宿は先駆者になるわけで、ぜひ話を聞きたい、自分たちの相談に乗って欲しい、とやってきてくれます。
  自分も通ってきた道ですから、その人たちの心配や不安などもよく分かります。
  僕らも誠心誠意を込めて、その人たちに向き合います。移住先が決まっている人には、その地域に住む友人を紹介したりしています。
   『半農半Xという生き方』(出版ソニーマガジンズ)という本があります。京都府綾部市に住む塩見直紀さんが提唱した考え方で、暮らしのベースとして半自給的な農業を行い、その一方で自分にとっての天職Xを見出し、やりたい仕事と両立させて、お金や時間に追われない、人間らしさを回復するライフスタイルを求めていく生き方です。
  東京時代にこの本を読んだ時に、これだっ!と思いました。
  特段農業に対して深い思い入れがあるわけでもない僕が、田舎で農業をやって生計を立てている姿は、どうしてもイメージできませんでした。
  しかし農を生計を立てる「業」ではなく、暮らしの一部として位置づけ、農的生活を送ることは僕にもできそう、そしてやってみたいと思いました。
  農的生活をベースにして、僕にとってのX=地球宿をやってみようと。
  「半農半X」という考え方は、多くの人たちに影響を与え、今や英語、中国語にも翻訳され、海外にもその考え方が展がっています。
  こうやって、都会の暮らしを離れ、地方へ移り住み農へと回帰する動き、それも若い世代の暮らし方シフトはこれからもっと顕著になっていくのでしょうか。
  もう一つはその移住先として「安曇野」を選ぶ人が多いということです。これは、なぜ? 何かが引き寄せているのでしょうか。
  これについてはよく分かりません。 ただ、土(元々の地)の人も、たどり着いた風の人も、安曇野という地域をふるさととして愛し、自分たちの暮らしやそこに住む仲間たちを愛している。
  「この地で暮らせてよかったなぁ。」そんな思いの相乗積が何か高いエネルギーを生み出し、訪れる人たちに伝わっているのかもしれません。
  農家、大工、建具屋、お蕎麦屋、観光案内、イラストレーター、宿、琵琶灸師、野外保育、野外遊び、介護師、ミュージシャン、クラフト作家、アーティスト、助産師、ヨーガ、カフェ、ストーブ屋、林業家、不動産屋、医者、家庭菜園アドバイザー、地域づくりの仕掛け人、etc。
  仲間たちは仕事も多彩、個性も多彩です。それぞれ自立し、お互いの息遣いを感じ合いながら、やれることを応援協力し合い、悦びや嬉しさを分かち合い、困難なことはサポートする。そんな人の繋がりとコミュニティーマインド(=共に生きていこう)が育ちつつあるのかと。