セキレイの巣立ち、失敗か成功か


 
 



昨日、朝からハクセキレイのヒナたちがしきりに鳴いていた。
風の強い日だった。
物置は家の壁に付随して、半透明の塩ビの波板で囲われ屋根もそれでふかれている。
だから光が屋根からも壁からも入ってくるが、何割か割り引いた明るさだ。
ハクセキレイの巣は、物置のなかの棚の、上から2段目に作られていた。
以前奈良の家で使っていた、今はここで使っていない梱包したままのエアコンの後ろ側に、
どうしてそんなところを見つけたのか、不思議に思うところだった。
エアコンの横からヒナの頭を確認してやっと巣の位置がわかった。
親鳥は、屋根と壁との間の、軒のすき間から入ってきて餌を与えている。
一日中、畑をせっせと歩き回り、建物の軒下などを飛びながらのぞいては虫を探している姿は、まさに献身的だ。


ヒナの異変は、昼ごろに起こった。
物置のドアを開けておいたら、親鳥はそこから出入りすると便利だから、まっすぐ横線を引くように、
スイーッと部屋の中へ飛び込むようになり、その軌跡を、作業中のぼくは目の端にとどめていたのだが、
ヒナの声が急ににぎやかになったので、のぞいてみると、
1羽のヒナが土間にいる。
あれ、巣立ちかな、と棚を見たら、2羽が巣からでてきて棚の端をこちょこちょ歩いている。
大丈夫かい、まだ飛べそうもないで、
と思ううちにもう1羽も現れ、しばらく目を放した間に、やっこさんたちは棚の下の土間にいた。
飛び降りたのか、落下したのか。
そのうちに彼らは畑を走り回っている親の子らしく土間をあちこち走り出し、
建物の外には出ないで、ちょこちょこ動いていた。
全部で4羽。
まだくちばしの付け根が黄色い。
セキレイの特徴である長い尾羽は2,3センチほどで、
翼も小さく、これではとても飛べそうにない。
餌を運んできた親鳥は、土間のヒナたちに、上から巣に戻るようにしきりに鳴いて伝えるのだが、
ヒナにはその力はなく、チイチイチイと、三拍子の鳴き声をあげるばかり。
どうするつもりかなあ、とぼくはまた作業しながら、それとなく観察していた。
1羽のヒナが、ドアの敷居のところまで来て、外を眺めて鳴いている。
初めて見る世界だねえ。


ヒナたちはだんだん冒険するようになった。
気がついたときには、もう建物の外にいた。
オエー、こりゃ危険だぞい。
ネコにねらわれたらどうするぞ。カラスもいるぞ。
それに強風がばんばん吹いている。
お前たち、飛べないのに冒険心旺盛だねえ。
それにしても巣立ちがちいと早かったんじゃないかい。


ぼくはヒナに近づいていくと、逃げようともしない。
そっと手のひらに包み込んで、もう一度巣に戻してやることにした。
こういう行為は、自然に逆らうことになりはしないかなと、
一抹の危惧を抱きながら、
右手に1羽、左手に1羽、つかまえて、見えない巣のあたりに入れてやった。
ところが、ヒナはまたもぽんと飛び出てきて、ひらりと地面に落下する。
下に置いてあったぼくの長靴のなかに、1羽が飛び込んでしまった。
おまえ、ここに入ったら死んでしまうよ。
長靴に手を入れて取り出し、巣に戻したが、もう彼らは巣に戻る考えはないようだった。
またも3羽は地面をとことこ走っているが、1羽の姿が見えない。
どこさ行っただ、
と畑の方へ行くと、タマネギ畑の中をチョコチョコ歩いている。
ぼくの姿を見つけると、一目散にかけよってきた。
どうしてだい、ぼくを知っているのかい。
足下に来たその子をまた手のひらに包んで、
物置に戻る。
ヒナの体はフワフワ柔らかで、ぬくもりがある。


もうしかたがない。物置のドアを閉めて、
ヒナたちを土間に残し、
親鳥のやり方に任せよう。
外は危険がいっぱいだよ。
天候は悪化、
夜、雨になった。


一夜明けて、今朝のぞいてみたら、4羽は土間で身を寄せ合っていた。
ときどき親鳥がやってきて、餌の虫を与えていた。
これからどうするつもりかな。
物置のドアを開けてしまえば、今朝もうろうろしていた野良ネコが侵入するし、
外の草むらへ出れば、もっと危ない。
しかしドアを閉めておけば、ヒナが土間から軒の隙間まで飛び上がる力をつけないかぎり、
外に出られない。
安全なところに巣づくりしたけれど、
逆に巣立ちして飛び出していくには難しい。
どうするかは親鳥に任せるしかないけれど。


親鳥は、もう少し子育てするかい。
巣立ちが少し早すぎたね。