「高校生芥川賞」とでも言うべきもの

先日、第140回芥川賞が発表された。
受賞は津村記久子さん(30)の「ポトスライムの舟」。
日本の文学賞として最も権威ある芥川賞は、今回九人の選考委員によって選ばれた。


ところで、作家の辻由美さんが、フランスの「芥川賞」というべき賞にまつわるおもしろい話を紹介している。(「読書教育」辻由美 みすず書房 2008)


それは、「高校生ゴンクール賞」と呼ばれているものである。
フランスのゴンクール賞は、ゴンクール・アカデミーの会員によって選ばれる名誉ある文学賞であり、日本の芥川賞にあたるが、
その選考に並行して、高校生が同じ候補作から賞に値する作品を選ぶというのだ。


ゴンクール賞芥川賞という賞に置き換えてみたらおもしろい。


高校のなかのあるクラスが、「高校生ゴンクール賞」を選ぶ参加校に名乗りをあげる。
全国から名乗りをあげてきたところから教育省によって全国にちらばるように57、8校のクラスが選ばれる。
選ばれたクラスは、ゴンクール賞候補にノミネートされている作品を、読まなければならない。
作品はフナック書店という本屋が、全生徒分無料で提供してくれる。
それを生徒たちが読んでいくのだが、辻由美さんはこう書いている。


「二か月で13冊の本を読まなければならないという現実を目の前にしたとき、無邪気に喜んではいられなくなる。
なにしろ九月の新学期そうそうのこと。」


「取り組み高校によって多種多様だ。
が、基本的なルールとして、教師は生徒の発言を促し、議論を盛り上げるコーディネーター役に徹しなければならない。
生徒の理解を助けるために、難解な個所は解説しなければならないが、作品についての教師自身の評価や意見を口にするのはいっさい禁物。
もうひとつの大切はルールは、ゴンクール授業は、クラス全員が参加する正規の国語の授業として行うこと。」


「高校生ゴング―ル賞のベースになるのは、各クラスにおける読書と議論だ。
議論をかさねた後に、それぞれのクラスは、候補作品のなかから自分たちがもっともすぐれていると評価する作品三作を選ばなければならない。」


黙読、朗読、グループ討議、クラス全員のディベート、クラスのよって多様な形がとられる。
茶菓子を囲んでのリラックスタイムが挿入される。
劇場などを借り切って、フナック書店が著者との出会いの場をつくり、生徒たちは著者に自由に質問する。


クラスの三作が選ばれると、自分たちの意見を託すクラス代表を選ぶ。
代表が出るのは地方審査委員会。
そこでその地方の三作が選ばれる。
そして最終審査は、六つの地方の代表12名と外国の高校の代表1名、計13人によって行われる。
それは密室での選考委員会となる。
そして大人たちのゴンクール賞発表の日に合わせて、高校生の選んだ作品が発表されるのである。


「高校生ゴンクールは、たんに高校生が一冊の作品に賞を与えるというイベントではなく、種々様々な活動や行事をともなって展開される大規模な文学の祭典であり、読書推進運動である。」


こうして選ばれた作品は、大人たちのゴンクール・アカデミーが選んだ作品と重なることもあるが、まったく異なる場合もある。
しかし、選ばれた作品は、おどろくほど、たかく評価されるものであるという。
高校生ゴンクールの評価は、アカデミーのゴンクールに劣らない。


このようなイベントがフランスでは行われているのである。
日本の芥川賞にわせて、高校生芥川賞というイベントが、高校教育のなかに生まれたら、
日本の高校教育は変わることだろう。
フランスの場合、参加校は有名校とか優秀校だけではなく、職業校やいわゆる底辺校も参加して、
ろくに本を読んでいない生徒のクラスが、大変化して、実に驚嘆するような結果を生み出しているのである。


この本、「読書教育」(辻由美 みすず書房)、一読に値する。