野坂昭如の絶筆

 

 「火垂るの墓 」の原作者、野坂昭如は、2015年、85歳で亡くなった。「絶筆」という日記を残して。

 以下、「絶筆」から。

 

 「〇月〇日、日本はエネルギー源を持たざる国、だから世界第二の工業国たりえた。21世紀、日本とアメリカはエンジン・カントリーたりうるか。生き残るのは、ロシア、オーストラリア、東南アジア、北東アジアぐらい、日本はたぶん滅びる。

 だが、日本は本来の技術を持っている。稲、麦を淡々と作り、食べていけばいい。戦争に勝利者はいない。戦争は乱である。農業は和である。故に憲法は正しい。」

 「〇月〇日、日本人の声が聴こえてこない。すべては他人事。若者のなんと間延びした表情、光を失った眼、 どうしたことか。のんびり笑っていられる日もそう長くない。

‥‥日本は経済大国になった。しかし忘れてはならないことは、食糧の自作自給だ。日本は一つの転機を迎えている。国民を支える大きな要素に農がある。だが日本は農を棄てた。自分たちの土地から出る大きな実りをほったらかして、他の国に任せる。これは生きていくうえで、基本的なものを失ったに等しい。食い物とエネルギーを他国に任せて、豊かな国だと錯覚している。食糧危機が来るなど、考えもしない。危ないと気づいた時はすでに遅い。もう後に戻れない。日本の自給率は、先進国のなかで、どこよりも低い。

 「〇月〇日、安保法案が衆議院通過。アメリカに迫られ、首相が約束してきた。もはや法治国家じゃない。自民独裁国家

 ぼくに戦争童話集という作品がある。戦争中の出来事をテーマにした作品集。黒田征太郎が絵を描いた。忘れてはいけない物語として、絵本、ビデオに完成させた。さらに黒田は沖縄戦編を書くよう要請。

 ぼくは、人間の営みとしての戦争と向き合っていくつもり。これが僕に与えられた業だろう。

 日本人は、いつのまにか、あの戦争を無かったことのようにしてしまった。戦争は、気が付いた時には、すでに始まっているものだ」。

 「〇月〇日、夏以降、ぼくはベッドと椅子で、生活している。秋の初め、誤嚥性肺炎に見舞われ、どうにか息を吹き返した。

 この国に、戦前がひたひたと迫っていることは確かだろう。」