子どもたちは怪談が好き(2)


       第1話  なぞの火、不思議な光



山に入るとねえ、あんなところに人はいないし、道もないし、どうしてと思うようなところに、
火がチラチラ燃えているのが見えることがあるんだ。
昔から、狐火と呼ばれている火があって、狐が火を吐いていると言うんだね。
実際、今ではキツネが火を吐くなんて、考えられないから、だれも信じないけどさ、
でも不思議な光を見ることはあるんだね。


10月に、北アルプスの白馬岳という山に登ったときのことなんだ。
そのときは、信濃森上という国鉄の駅から全部歩いて、
1日で、友だちと二人、白馬大池というところまで登って、テントを張ったんだよ。
そこには大池という、きれいな池があってね、山の上だよ。
夕ご飯を作って食べたら、日が暮れた。秋だから早いね。
その日は、あとから遅れてもう一人の友だちが登ってくることになっていたから、
一緒に登ってきた友だちが、迎えにいったんだ。懐中電灯を頭につけて。
するとぼくは一人になった。
だれもいない山の中、すぐ横は山の湖、
その向こうは、遅れてくる友だちが、迎えにいった友だちと一緒に、越えてくる白馬乗鞍岳という山なんだ。
何の物音もしない、しーんと静まり返った世界、そこに、ぼくは一人いた。
外は真っ暗、星がいっぱい輝いていた。
もう来るかなあ、もう到着してもいい時間なんだけどなあ、
ところが待っても待っても、二人の友だちはやってこない。
ぼくはときどきテントの外に出て、辺りを眺めるんだが、暗闇のなかに何にも見えない。
10月の山は寒くて、どんどん冷えてくるんだよ。
そのときなんだ、池のほとりの岩の上に、白い小さな棒のようなものが立ってるんだ。
何だろう、ぼくはよーく見てみた。テントからの距離は100メートルぐらいだったかな。
暗闇のなかだよ、じっと見ていると、見えるのが不思議なんだが、それはローソクのようなんだ。
長さが2、30センチぐらいのローソク、それが1本、岩の上に立ってるんだ。
岩山は黒っぽい岩ばかりだから、白いものは目立つんだね。
なんで、あんなところにローソクがあるんだ。
ぞくっとしたね。
でも、そこまで確かめには行こうとは思わなかった、不気味だったからね。
それでまたテントに潜り込んでね、待っていたんだよ。
時刻は、9時が過ぎ、10時にもなった。
それなのに友だちは到着しない。
どうしたんかな。
11時ごろ、ぼくはまたテントを出た。
そしてあのローソクのほうを見たんだ。
そしたら、あのローソクに火がついているではないか。
えーっ、誰がいったい火をつけたのか、
ここには誰も人間はいない、
どこかに別のテントがあるのか、
でもその岩山は、巨大な岩の塊をごろごろ転がして積み上げたようなところだったから、テントを張っている人間がいるなんて考えられなかった。
ぼくは眼の錯覚かなと思った。でもやっぱりローソクは燃えている。
ぼくは怖くなってテントの中に入り、寝袋のなかに入った。
そのとき、チーンという鐘の音が聞こえた、音は小さな音だった。
どこから聞こえたのかなあ、またチーン、
その音はテントのグランドシートの下から聞こえてくるように感じられた。
ひょいと腕時計を見てみた、
そしたら、ちょうど12時だったんだ。
真夜中の12時、それを知らせる鐘の音だった。
どうして地面の下から鐘の音がするの?
訳がわからなくなった。
おそるおそる外を見ると、ローソクの火はもう見えなかった。
友だちが二人到着したのは、12時半ごろだった。
遅れてきた友だちは、途中で熊に出会ったから、しばらく待機していたと言ったから、それで時間がかかったんだね。
翌日は、そこから白馬岳に登って、大雪渓を下りてきた。
そして、大阪に帰ってきたんだが、家に帰ってからなんだ。
真夜中の12時になると、チーンという音がどこからか聞こえてくるようになったんだ。
それは1週間ほどつづいたかな、いつも音が聞こえてから時計を見ると12時だったんだよ。
なんだろうな。


それから12月下旬、また同じ白馬岳に登ることになったんだ。
今度は猛烈な雪だった。
同じコースを登るんだが、駅を出たときから、もう50センチ以上の雪が積もり、
山に入ると1メートル以上になった。
たいへんだったよ、重い荷を背負って、雪の中を登るのは。
1日かけても、登ることができる距離は少しでね。
シールという滑り止めを付けたスキーをはいて登っていくんだ、そうすると新雪の中に足のもぐるのが少なくてすむんだよ。
秋のときテントを張った白馬大池まではとても行けない。
途中の栂池というところまで3日かかった。
もう雪は3メートルほど積もっていたね。
そこで冬用のテントをはったんだ。
毎日吹雪がつづいた。
その時見たんだ、朝まだ明ける前、暗がりのなかに、これから登ろうとしていた天狗っ原というところを移動していく七つの火を。
風が強かった。ビュービュー、積もっている雪を巻き上げて、吹いてくる、地吹雪というやつなんだ。
それがきつかった。
火は、懐中電灯かな、と思った。7人のパーティーがスキーをはいて、並んで歩いている、てっきりそうだ。
そんなに早く、あそこまで登った人たちがいるのか。
時間は、4時ごろだったかな。
冬山は、一日が短いから、暗いうちからでも行動する、それでぼくらも出発したんだ。
そうしてたぶんここら辺りだった、7つの光は、と思えるところまで来ても、雪の上には何の跡もなく、
もし下山してくるのなら出会うであろう7人にも出会わない。
ルートはそこ一つしかない、それなのに7つの光はこつぜんと消えていたんだ。
そしてそれらしき形跡はどこにも発見できなかった。
不思議なことだった。
山の不思議、そういうことが起こるんだねえ。