原始のなかに

朝の4時すぎ、夜がしらじらと明けてくる頃、散歩に出ると、
原始のなごりが川にも池にも、草むらにもかすかに漂っている。
それを感知するのは、体のなかに眠っている原始の感覚。
ぞくりと背中を走るものがある。
人の気が消えたとき現れるものがいる。


川の芦原、
そこにひそむ何か。
カワウソの気配。
草むらの池にも、
何かがひそむ。
水中にもひそむものを感じる。


得体のしれないもの、
姿の見えないもの、
何かわからない。
気配を感じる。


黒部川上流の、碧く深い淵を泳いだときにも、
川の底にひそむ何ものかを感じた。
河童は生きている。


山中に朽ちている廃屋にはいったとき、
そこに人ではない何かを感じた。
置いてけぼりを食った座敷わらし。


霧の深い夜、
台高山脈の原生林に鳴き交わす謎の声、
ニホンオオカミが生きている。


森の夜、
鳥たちの動き、
かすかな寝息、
原始の鳥がいる。


ぼくが生徒たちを山や森に連れて行った理由の一つに、
原始に出会わせることがあった。


夕暮れから夜、そして朝の薄明にかけて、
人間の文明のエネルギーが弱まるとき、
よみがえる原始の世界には、
カワウソもいる、
河童も生きている、
ニホンオオカミもいる、
精霊がいる。

電気のない世界、
ゲームのない世界、
テレビのない世界、
ケイタイのない世界、
文明の利器のない世界。
原始の森に生きるものがいる。
星のまたたき、
宇宙の声が聞こえる。
燃える焚火の、火の霊。
その世界に子どもたちをどっぷりつからせる。
子どもたちの体の中の原始を呼び戻す。
人間のなかの自然を取り戻す。