ツバメ、巣立ちと飛翔訓練


1ヵ月ぶりに家に帰ってきたら、玄関前の軒下にダンボールが置かれていて、
ツバメの糞がどっさり堆積している。
こんなにも糞をするんだねえ。
糞の間に、トンボが一匹落ちていた。
ヒナに運んできた餌の一匹だ。
洋子の話では、今年のツバメはトンボをせっせとくわえてきては子どもにやっていたという。
玄関前の軒の内側に作られた巣に、小さな黒い頭がいくつか見えた。
親ツバメが卵を産んでからすでに一月経っている。


「いらない金属がありませんか」と、
中国人の、金属の廃品回収の人がやってきて、
軒のツバメの巣を見つけ、
「きっといいこと、ありますよ」
と言った。
「あなたのお国でも、そう言うんですか」
「はい、中国で言います」
洋子はそんなツバメ問答をした。
ぼくのいない間のできごと。
去年、ツバメが巣をつくったとき、
我が家のお向かいの、一人暮らしているミネ子さんが、
「へえ、巣をつくったかい。いいことあるだね。」
と言ったことがあった。


去年よりも一回り大きく増築した巣に、今年は何羽育っているのやら、
頭の上の巣をのぞくわけにもいかず。


次の日、朝5時前に、ランとぼくらが散歩に出た。
巣に黒い頭がちらりと見えた。
散歩から帰ってきて一仕事、太陽ががんがん照る前に、キュウリ、ゴーヤのつるの誘引や、草取りをすることにした。
この1月の間に、庭に草がぼうぼう生えた。
7時に朝食をとった。
我が家のミニトマトはやっぱり格別においしい。
昨日洋子が天然酵母で焼いたパンには、我が家で収穫したブラックベリー(黒スグリ)のジャムがふんだんに入れてあり、
これもまたうまい。
挽きたてのコーヒーの香りがぷんとただよい、朝はさわやかに風が吹く。


朝食後また、草引きをはじめた。
そのとき、急にツバメの鳴き交わす声が聞こえ、巣の周りを、何羽ものツバメが旋回しはじめた。
なにごとが起こったのだろう。
ヒナが入っていた巣は、軒の内壁に作られているのだが、
その反対側、すなわち軒の外側には、使われていない小さな巣がある。
その空き巣に2羽の子ツバメらしいのがいるではないか。
ぐるぐる回り飛ぶ数羽のツバメは、外の巣のツバメの前まで飛んできては、1、2秒ホバリングして飛び去り、また戻ってくる。
舞い戻ってくるツバメの1羽は、巣の横の壁にキツツキのように止まったが、すぐに飛んできたツバメに促されてまた旋回しはじめた。
昨日までいた巣には、黒い頭が見えない。
子ツバメたち、巣立ちをしたのだ。
外の空き巣にいるのは子ツバメらしい。どうしたのだろう。
周りをぐるぐる飛び回り、巣に舞い戻ってくるツバメの数は、6羽か7羽。
とすると、飛びまわっているのは親ツバメと巣立った子ツバメか。
空き巣にいるのは、巣立ちしそこなった子かな。
そのうち、親らしいのが飛んできて餌を巣のツバメに与えた。
飛びまわっているツバメの、どれが親ツバメで、どれが巣立ちをした子どもなのか、区別がつかない。
飛んでいるツバメの1羽が、軒の内側に入ろうとすると、それを阻止しようとした(そう見えた)ツバメがいた。
親ツバメと思われるツバメは、子ツバメが巣に入ろうとすると、体当たりするようにして飛ばせようとする。
ははん、これは巣立ちとともに飛翔訓練をしているのだなと分かってきた。


何羽か飛び交い、鳴き声があがり、一騒ぎがあった。
外の空き巣に入っていた子ツバメ2羽が、もとの自分たちの巣に移動したのだ。
15分ほどたって、飛んでいた子ツバメ2羽も戻ってきて、巣のよこにある外灯の上にとまった。
そこへ親が餌のトンボを運んできた。
シオカラトンボだった。
トンボをうまくくわえられなかったから、下に落ちた。
トンボはまだ生きていたから、
命拾いしたよとばかり、翅音を立てて飛んでいった。


親は、子どもを巣立たせ、飛ぶ訓練をはじめたのだが、巣立った子と、巣立てない子に分かれた。
子ツバメの中には、体力や育ち方に差があって、よく飛べないのがいる。
よく飛べない子は、少し飛んだが、すぐに巣に戻ろうとしたところ、外の空き巣が目の前にあり、そこに入ってしまった。
親は、巣の前まで行っては、飛翔を促し、一方でまだ充分でない子に餌を運んでいる。
子ツバメのなかでも育ちのよかった子は、もう田んぼの上をすいすいと飛んでは、舞い戻って、兄弟に「早く来い」と催促し、
疲れたらすぐ近くの電線に止まっている。
さらに1時間ほどたった。
外灯の上で羽を休めていた2羽も古巣にもどった。
結局戻ったのは4羽だった。
巣に戻らなかったのは何羽なのか、正確にはわからない。


午後、訓練は続いた。
巣の4羽も飛び回ってみるが、また舞い戻る。
まだ巣立ちできないようだ。
親は、電線にとまった子ツバメにも餌を与えている。
とうとう4羽は、もとの古巣に押し合いして入った。
親は、せっせと餌を運ぶ。
飛行訓練しては一服。
夕方になった。4羽は仲よく巣から頭を出している。
明日かな、完全巣立ちは。