益雄くんから来たメール

              

思いがけないメールが来た。
益雄からだった。
中学時代の彼の顔が思い浮かぶ。
成長して社会人として生きている彼のメールを読むと、
ぼくは自分の襟をたださなければならないなと思う。
「益雄くん、益雄さん」と呼ばなければいかんな。


   お元気ですか。 約20年前にお世話になった益雄です。
   先日、「えんま」で、
   勝と伸治さんと3人で思い出話に花を咲かせていただきました。
   伸治さん曰く、
   現在、先生は「仙人」のような生活をされてる、
   PCで検索すると、「よっさん」が現れるらしい、
   と聞き、検索させて頂き、このメールを打たせてもらっております。
   元気ですか?
   HPを拝見する限りでは、
   「よっさんスタイル」を貫き通されているので御元気だと推測します。
   伸治さんも勝も僕も、今でも先生との思い出は鮮明に覚えております。
   大阪に来る事は無いのですか?もし来る事があるのならば、また会いたいです。
                    益雄


3年前は自称「葛城の仙人」、今は「仙人」とはとても呼べないよ。
益雄のことを思い出すたびに、いつも胸がちくりと痛んだ。
勝くんと益雄くんは同学年、伸治くんは二人より7年先輩。
伸治くんは今「えんま」という店を営んでいるが、
中学時代、後にも先にも、これほどのツッパリはいないというほどのツッパリだった。
権力をふりかざす教師に反抗し、近隣の番長と張り合う。
卒業して、活魚の店で働いたり、工務店で大工をしたりしていたが、
その間もいろいろトラブルを起こし、しかし家族のことでは辛い経験もした。
その後、ひとり立ちして、飲み屋を開いた。
どこで技を取得したのか、料理の腕はなかなかのものだった。


益雄のことでは、卒業式の日のことを思い出す。
彼もまた「ゴンタクレ」だったが、
彼には、いつもどこかに寂しさ、悲しさがただよっているようにぼくは感じていた。
式の前、学年主任は、服装の乱れているものを指導するようにと指示していた。
その日の彼の服装はいつものように違反していた。
よく覚えていないが、靴だったと思う。
ささやかな自己主張だった。
廊下で僕は彼と話し合った。
服装をただすように指示すると、彼は反抗するわけではなかったが、
指示どおりに実行しようとはしなかった。
話していて、ぼくはふと、
彼の気持ちが分かるような気がした。
「お前は、ここで服装を教師の言うとおりにしたら、負けたように思うんやろ。」
うつむいていた彼は、うなずいた。
最後のどたんば、負けたくない、貫きたい。
潮時だ、受容しよう。
たいしたこともないことに目くじら立てて、形にこだわり、
卒業式のなかで感じ、考えるという、肝心のことを吹き飛ばしてしまう愚かさ。
何を重視しようというのか、従来の生活指導の本末転倒。
「よし、分かった。それでいけ。」
彼にそう言うと、ぼくは他の教師に、
「これでいい。もうこれ以上言うな。」
指導を打ち切るように怒鳴った。
ぼくの一言は彼の心を解放したと思う。
まるごとそのままでいい、表情に漂う穏やかさ。
彼はホーム―ルームに入って行った。


その後、益雄はどうしているかな、
同期の卒業生に会うたびに、訊いてみた。
会えないかな、と思っていた。
当時、彼の寂しさ、悲しさ、満たされない何か。
それが何なのか、よく分らなかった。
彼は口が重かった。


学校という体制は、人間を解放し育てるシステムになっているだろうか、
学校はむしろ抑圧の機関になっていないか、
教育と言いながら、非教育をやっている、
人間を育てることを標榜しながら、人間を損なっている、
「角を矯めて牛を殺す」
秩序を維持すること、ルールを守ること、
枠からはみださないようにすること、
生活指導はそこに重きが置かれた。
そのために一人一人が尊重されて、可能性が引き出される教育が弱体化した。


集団・組織・システムが生み出す悲しみ、むなしさ。
だから荒れる。
益雄も本当の学びをして、夢を追いたかっただろう。
彼は確か1年生の時は野球部だった。
3年生の夏に、彼らが心を開き、思いを吐き出せるように、と
大台ケ原へ勝と一緒に連れて行ったことがある。
途中吉野川の上流でキャンプした。
大台ケ原の大絶壁の上に立った時、彼は何を思っただろう。
大宇宙が目の前に展開していた。


返信メールを送ったら、すぐにまた益雄からメールが来た。


   僕のほうは4年前に地元に帰ってきて、
   現在は事務所を構えて仕事をしております。
   2人の息子がいます。
   結婚生活は終止符をうってしまったのですが息子達とは連絡を取合っています。
   長男は中学1年、次男は小学4年生です。
   長男は野球部に入っており先日、初めて試合に出場したとのこと。
   ヒットが打てなかったと嘆きメールが来たので、
   「ヒットが打てなかった事よりも、
   チームプレーの大切さを勉強することが大事なんやで。」
   と返信しました。
   あれだけ個人プレーの日々を送っていた悪ガキが
   息子にはチームプレーが大事なんだと教えている‥‥。
   人生は面白いもんだと心で思います。
   次男は、一言で表現すると「やんちゃ小僧」です。
   気が強くて調子乗りなんですが怒られると瞬間にシュン太郎です。
   まるで僕の4年生時代です。困ったもんです。
   今度、息子達と、吉本新喜劇と甲子園(阪神戦)に行く予定です。
   笑うこと、喜ぶこと、悔しがること、嘆くこと、
   色々と経験できると思います。
   特に何ができるわけではないですが、
   心の有る大人になってほしいと願っております。
              益雄


「あれだけ個人プレーの日々を送っていた悪ガキが
息子にはチームプレーが大事なんだと教えている‥‥。
人生は面白いもんだと心で思います。」
「今度、息子達と、吉本新喜劇と甲子園(阪神戦)に行く予定です。
笑うこと、喜ぶこと、悔しがること、嘆くこと、色々と経験できると思います。
特に何ができるわけではないですが、
心の有る大人になってほしいと願っております。」


ほっと安堵した。
いい文章だなと思う。
いい父親だなと思う。
益雄くんの父親としての姿と心に、ぼくは襟をただす。
ぼくの心の中の痛みが和らいだ。