市の防災課に電話をかけた。
「地震、防災のビデオ教材はもう整えてくださいましたか。」
「え? どういうことですか。この四月に係の異動がありましたので、何のことか分りませんが。」
1年半前、今活動している職場のあるH市の防災課を訪ねた。
地震災害に関する市民向けのビデオ教材を借りるためだった。
職員は、その前年の大雨で市役所が床上浸水したために、ビデオは全部水につかり、
使えるかどうか分らないと断わりつつ、
書類棚のいちばん下から、5、6本のテープをぞろぞろと引っぱり出してきた。
水につかったのをそのまま半年間も放置し、
新しいビデオを用意していない役所の体質にあきれてしまった。
そのとき、何本か借りてきたビデオテープを見てみると、
なるほど、水が入ったところは映像が乱れて、よく映らない。
なんとか見えるところをつないで、防災教育の授業のなかで見せることにした。
中国からやってきた技能研修生は、地震の体験が全くない人がほとんどで、
かつての唐山の大地震も、過去のものになっている。
授業は、「日本は自然災害の多い国です。」というセンテンスから始める。
災害の実態から、どうしたら身を守ることができるかまで、
避難訓練も含めて指導し、
災害への心構えを育てることをねらいにしている。
3年間が終われば、故郷の家族のもとへ、無事に元気に帰ってほしい。
日本語をしっかり勉強することは自分の命を守ることにもなるから、
日本語もしっかり勉強してほしい。
市役所の防災課の人は、4月の異動があって、職員は入れ替わり、
前のことは前の人に聞かなければ分らない、という。
ああーあ、お役所仕事。
手作りのビデオ教材なら、職員でも作れるではないか。
四川省大地震、岩手・宮城大地震、阪神大地震、中越大地震、
それらのテレビ報道を録画して、編集すれば、
いくらでも作れるではないか。
それなのに、やろうとしない。
オリジナルでも視聴覚教材を準備できれば、
小中高校に、このような教材が用意できているから、
使ってください、防災教育してください、とお知らせすることもできるではないか。
東海・東南海大地震がいつ起こるかわからないというのに。
ぼくはこれまでのいきさつを話した。
だが、職員の返事には力がない。
県の防災センターへ行って借りてください、
とおっしゃる。
県のセンターでは、どのようなビデオがありますか、と尋ねると、
訊いておきます、分れば連絡します、ということなので、待つことにした。
翌日、連絡があった。
センターからビデオ教材の一覧表を取り寄せました、
それを今から持っていきます、そこから選んでもらえればセンターから借りてきます、
一転して積極的対応で、こちらの職場までお二人の方が雨の中来て下さった。
外国人労働者の増加する日本、その人たちなしに日本の産業、経済は立ち行かなくなってきている。
言葉も十分分からない外国人労働者も多い。
それらの人の生命を守るという使命を、行政も私たち国民も持っている。
だから避難訓練も含めて防災教育を行っている、
そうしたこちらの取り組みや思いを語り合ったことが、
このような対応を引き出したのかもしれない。
来て下さったお二人から、ぼくは誠実な言葉をキャッチした。
ぼくはいささか恐縮する。
それから係りの人は、こちらの選んだビデオテープを、
わざわざ県のセンターまで借りに行って持ってきて下さった。
4本のビデオ、これをこれから研修生に見てもらうことになる。
一つの小さな交流が、一本の心の糸を生んだ。