自己紹介/家庭訪問/教師仲間をつくる

       子どもを知る 子どもと仲良くなる



S先生は、5月になって学校へ来なくなった。
学校へは行けない、行きたくない、不適応が激しくて気力が湧かない、
もう学校を辞めたいということであった。
4月に就職して出勤し始めて1ヶ月、 授業もクラスも動き始めたばかりのころだった。
あまりにハードな職場であった。
おそらく教師を夢見てきたS先生の心のなかのバラ色の絵とはほど遠いものだったであろう。
教師集団として大きな目的を描き、実践をつくる、
苦闘の職場であった。
クラス担任は複数制で、相談してクラスを運営していく。
授業も教科担任が毎週会議を開いて討議して進めていく。
午後5時までは、生徒の活動に従事し、すべての会議はその後で行なう。
そういう厳しい実践を行なっていた学校だった。


ぼくはS先生の家を訪問することにした。
組合の分会責任者であった自分のやるべきことの一つに、教師のかかえるテーマを解決に向けてともに歩むことがあった。
S先生の家は商店をやっておられた。
お母さんが出てこられ、S先生を呼んでもらった。
出てこられたS先生の表情は硬く、店のその場で立ち話しかできなかった。
ゆっくり座って話を聞くためにどうしたらいいか、場所を変えてもっと時間をかけよう、そういう方向に考えが及ばなかった。
S先生は、挫折感に満ちた顔をして、「学校に行けない」「学校を辞める」という言葉しか出てこない。
ぼくは途方に暮れた。
そしてそれで終わってしまった。
S先生の辞職は決まっていった。
ぼくの教員時代の出来事だった。

 
「5月病」という言葉がある。今は「6月病」という言葉もできているらしい。
就職すると、3月までの学生時代の生活とはまるきり異なる厳しい現実に直面する。
今は、別の困難が待ち受けている。
学級担任になればたった一人で、多数の児童・生徒と向き合わなければならない。
新任教師の言うことを聞かない生徒、反抗する生徒、無視する生徒、勝手気ままをする生徒、
いろんな子がいる。
「モンスターピアレント」という言葉まで生まれている親もいる。
教師になれば即刻教師の力が試される。
声をからし、怒り、嘆き、懇願し、
救いをもとめても得られず、
弓折れ矢尽きた感じに陥って、学校へ行けなくなる人もいよう。


教師の力が試される、それは教師の力というより、人間の力といったほうがいいだろう。
人間の幅、人間の奥行き、人間の底力、
明るさ、優しさ、厳しさ、ユーモア、忍耐力、寛容、共感力、
子どもたちのなかで全面展開されるその人の力。
それらによって教育実践は成立していくものだから、人間力


4月、君は学級担任になる。
子どもたちに自己紹介する。
子どもたちも自己紹介する。
その自己紹介をどんな自己紹介にするか。
方法、内容、これが最初の子どもたちとの対話になる。
ありきたりの自己紹介にしてしまえば貴重な実践場面がおざなりになる。
先生の得意技の披露で子どもを煙に巻く、子どもをひきつける、子どもを圧倒する、それができたらおもしろい。
まずは子どもと仲良くなる。


最初の家庭訪問が4月5月の学校行事に企画される。
親と交流し、家庭の中での親と子どもの生活を知る大切な機会。
先生の人柄、教育についての考え方を知ってもらうこともできる。
家庭訪問をどのように行なうか。
先輩教師からのアドバイスも得られるだろう。
だが、新任の新鮮さで、個性的な内容を描くことができたら、
楽しい、おもしろい家庭訪問をつくれないか。
そして子どもに続いて親と仲良くなる。


教師仲間と親しくなっていくためには、
同僚に近づいていくことだ。
近づいてきてくれるのを待っていてはだめだ。
こちらから近づいていくことだ。
話しかけていくことだ。
悩みも失敗も、分からないことも、なんでも話せる人。
新任で一緒に就職した人とも、先輩教師とも、親しい仲間をつくることができたら、
「5月病」「6月病」もいつしか乗り越えてしまう。


親しい同僚をつくる。
教育実践を支えあい、切磋琢磨できる、良い意味の競争相手をつくることができたら、
困難な状況が、むしろ教育力、人間力を高めていくために役立つだろう。