思いがけないこと


        (一)

砂利を敷いある庭の通路に、何やら白い小花が咲いている。
あまりに小さな花だから花の形も葉の形もよく見えない。
地面からの背丈は6、7センチほどで、1ミリか2ミリほどの小花の群れはアリッサムに似ているなと思いながら、そのままにしていた、
歩くときは花を踏まないようにして。


コリアンダーが咲いている」
洋子が目を輝かして知らせてきた。
それを手で触ってみたらしい。
触るだけで、あの小さな花が独特の香気を発散した。
あらあ、この香り、コリアンダーだ。
びっくりぎょうてんして知らせに来たというわけだった。
植えもしていないコリアンダーが生えている、いったいどこからやってきた?


コリアンダーは香菜とも言う。
コエンドロとも言うらしい。
料理の香料に使われたり、漢方薬になったりしている。
奈良にいたときはこれを畑に植えていたが、冬に枯れて翌年芽を出すとき、他の草にまぎれて消えてしまうことがよくあった。


このコリアンダー、どこから来たのだろう。
去年はなかった。
ここに入れた砂利は、家の前のじゃり道が少し斜面になっており、雨水が流れたり車が通ったりしたときに、舗装道路まではみ出ていたもので、
道路掃除のときに持ってきたものだった。
そのなかに種が混入していた?
それは考えられない。
では、その砂利と一緒に入れた、我が家の玄関前の土のなかに混じっていた?
それなら去年芽を出していたはず。
分からない。
コリアンダーの株は3株あった。


このまま放っておこうかと迷ったが、やはりきちんと植えてやろうと、
根をいためないように砂利を丁寧にはずしながら掘り起こして、
少しばかりの藍の種を蒔いた畝の端に植えてやった。
一雨降って、コリアンダーは元気に咲いている。


         (二)


車のフロント右の方向指示灯が切れてしまった。
2年前、左が切れたとき、修理工場で新しい電球に換えてもらったときの記憶を頭から引っ張り出しながら、修理を試みた。
ボンネットを開け、ヘッドライトの部分を観察しながら、指示灯の交換方法を調べてみた。
以前の記憶では、車輪タイヤの上にかぶせてあるカバーをはずして、そこから指示灯のソケットを引っ張り出していた。
だから車輪のカバーをはずすとしたら、どうするかなと、
いろいろやってみるが、カバーを固定してあるビスの位置が、車体の下にあって見えない。
車の構造説明書を開けてみても、ヘッドランプの交換は書いてあるが、方向指示灯の交換が書いていない。
「何でも自分でやってみる」の精神で暮らそう、というのが、ぼくのモットーだから、これも自力でやろうと思ったのだが、
これ以上は時間のロスだと思って、近くのJAの修理工場へ車を持っていった。



農協の修理工場は広くて設備がよく整い、かつての隆盛時をしのばせるものがある。
しかし修理や検査中の車は少ない。
担当で修理してくれるのは高校出ぐらいの若い男の子だった。
まだ経験が足りないようで、やはり指示灯の取り外すところが分からず、ぼくがタイヤの上のカバーをはずすことを伝えると、
素直にうなずいててきぱき動いてくれた。
機械で車体を持ち上げ、車体の下からビスをはずし、カバーをずらせると、指示灯が取りだせた。
ぼくの持って行っていた予備球に取替え、カバーを元に戻し、
続いてヘッドランプの照準を機械で合わせる作業を時間をかけてやってくれた。
修理士の横について作業を見、すべてが終わると、今まで知らなかったことが分かってきたことでいくらかの満足感があった。
この作業でかかった時間は4、50分ぐらいだったろうか。
時間も労力もかかっている、修理代はどれぐらいかなあと、頭の中で算段もしていた。
若い整備士は事務所に入り、上司らしい人と相談している。
相談が済むと、上司らしい人はぼくの車検証を持って出てきた。
両手に車検証を持って差し出しながら、上司らしい人は言った。
「サービスします。」
えっ、サービス? 一瞬きょとんとして、車検証を受け取りながら、彼の笑顔を見た。
ほんとう? ただにしてくれるの? 
「ほんとうにいいんですか?」
思わず訊いてしまった。
はい、サービスします。
「ありがとうございます」
ぼくは2人に頭を下げた。
上司も若い整備士も笑顔でおじぎして、車に乗り込んだ僕を見送ってくれた。
なぜただに? 若い整備士の練習になったから? そんな詮索なんかしても仕方がない。
要するに、この「老兵」にプレゼントしてくれたということだ。
うれしいじゃないか。
今度はここを利用させてもらおう‥‥、農協の商店が横にある、その店も‥‥、と思うのは人情。
つながりは、こうして生まれるものなんだから。