いじめ自殺について思うこと(5)


 居住地区の回覧板が回ってきた。そのなかに地元の小学校の通信が入っていた。校区の民生委員全員と学校の教師みんなとの懇談会で出た意見・感想がつづられている。民生委員たちは授業参観も行なって、その後懇談を行なっていた。
 小学校の通信のなかに次のような民生委員の意見が書かれていた。
 「今日、授業を見てショックを受けた。女の子が『やりゃあいいんだろう、やりゃあ』と先生に言っている。驚いた。これは学校だけの問題ではない。家庭のなかでの問題も大きいのではないか。」
 「自分の孫が家で『死ね』という言葉を言っているのを聞いた。人間として最低の言葉である。教室の後ろの黒板にも、子どもが書いたのであろう、『死ね』という文字が書かれていた。家庭での指導に加え、学校でも命の大切さを学ぶ機会を多くしてほしい。」
 「先生の話をしっかり聞いているクラスもあれば、授業を受ける態度ではないクラスもあり、とても残念。」
 学校通信は、懇談会のなかで民生委員たちが疑問の念と危惧の念を覚えたことを、かなりオープンに区民に知らせようとしていた。子どもたちの学びの姿勢の、良い点についての評価も、疑問を抱かざるを得ない問題点も、民生委員の感想や意見をぼかさずに書いていた。それは評価できることだと思った。
 「先生が生徒の名前を覚えていないのではないか」という指摘があった。生徒が席を替わっていることを、たぶん教卓にはられている座席表を見てその先生が気づいた様子から出た感想だった。その民生委員の視点は鋭い。小学校の担任はほぼ一日子どもの生活を見ているのだから、子どもの名前も一学期の初期に覚えてしまっているはずだと思う。ひょっとしたら担任ではなく、別の専科教師がその授業を教えていたのかもしれない。それにしても一学期が終わりに近い段階では、そのクラスを教えている先生は、子どもの名前を覚えて、名前で呼ぶことができていなければならない。子どもの名前をすぐに覚えて、子どもを名前で呼ぶ、これは学級担任の真っ先にしなければならない仕事である。子どもを名前で呼ぶことから、その子と教師とのつながりが始まるのである。
 『死ね』という言葉が、教室に書かれていた。ということは、そのクラスのなかに何かがある。誰かを対象にしてその言葉が書かれている。クラスの担任教師はそのことに気づいていなかったのだろうか。気づいていたが、すべてを見てもらおうと、消さずに残したのだろうか。人を抹殺する言葉が、小学校のなかにまで入り込んできている。これはかなり特殊なケースだと見るのか、ことは広がり進行していると見るべきか。
 「死ね」とともに、「帰れ」「消えろ」という言葉も、怒りや排除の感情から出る。この言葉も、子どもの世界にまで浸透している可能性がある。それらの言葉が、どのような感情で使われているか。現代の子ども集団と子どもの心理はどういう実態になっているのか。教員たちの教育研究はそこに焦点をおかねばならない。子どもたちがどっぷりつかっている現代文明だから、TV,ネット、ケイタイ、ゲームの影響をもろに受けているだろう。「死ね」「帰れ」「消えろ」という言葉も、ゲームの世界のように使い、ゲーム感覚で使うことに抵抗を感じない状態になっているとも思える。現代文明が今の子ども像に反映し、それが小学校の教室にまで入ってくる。そういう困難な時代であるからこそ、教育実践の柱は、教科指導と共に、学級集団、生徒集団をつくっていく実践と、新たな生活指導の創造が重要なのだ。生活指導は、ほとんど現場の学校でははきちがえられている。きまりを守らせる、秩序正しい行動をさせるなど、規制や取締りの指導になっていはしないか。生活指導の本道は、みんなでいかに生きるべきかを考え、みんなで力を寄せ合い、自分を生かして生きるという実践にある。
 自然を総身に感じ、命に触れ、命を世話し、級友とともに活動し、何かに役立つ仕事をし、人の生き方から学んでいく教育創造、それに専念してきた戦後の心ある教師たちの長い研究実践の蓄積をたずねるべきである。そして、今新たな困難な営みをはじめるのだ。
 日本の教育は、国際的に学力が衰えているということを口実にして、簡単に「ゆとり教育」を廃止してまたもや学校は長時間「教えるハコ」になってしまった。
 子どもの世界にもっとも必要なものは、夜明けの空、セミ時雨降る森、川ガキになって遊ぶ川、磯の香の漂う海、カエルが鳴き蛍の飛ぶ夜の闇である。野菜や草花や果物を育て、食事を作り、家族みんなで味わう暮らしである。友と共に思いきり遊び、冒険し、探検し、自然に触れ、親や祖父母の仕事を手伝い、社会を体験する生活である。現代人はそれらを子どもの暮らしから奪い去り、どこかに置き去りにしてきてしまった。「いじめ」は、そういう文明のなかから生まれ、子どもを蝕んでいる。