春、若者たちの新たな飛躍


おぐら山農場のアキオ君が、農業倉庫2階を建てている。
土壁を塗るからということで、少しばかり手伝いに行ってきた。
今時土壁を塗るというのはめずらしい。


広がるリンゴ畑にぽつんと建つ小さな農家、そこは年老いたおばあさんがひとり住んでいたのだが、息子に引きと取られていった後空き家になり、それを借金をして買い取って、アキオ夫婦は果樹栽培をやってきた。
二十代後半、全く資金をもたないまま彼らは結婚し、農家の手伝い、牧場での牛の世話、運送屋の宅配業務などをして、資金をつくり、
作り手のいなくなったリンゴ園を少しずつ借り広げて、リンゴの有機栽培をメインにして、米作りなどもしてきた。
彼の誠実さ、勤勉さ、明るい笑顔は地元の人々に好感をもって迎え入れられている。


アキオ君が、イギリスを発祥とする有機農業を支援するウーフの制度を知ったのは4年ほど前。
それに加盟してから、世界の旅人ウーファーたちが来るようになった。
ウーファーは一日6時間、農業労働に従事する、その代わりに受け入れ農家から宿と食事を提供してもらう。
この機関に加盟してから、労働力は大幅に増加し、
おかげでリンゴの栽培から販売まで順調に伸びている。
アキオ君の農場には、いつも数人のウーファーがいる。
国内の日本人のほかに、今はドイツの女性がいる。
先日までは中国の若者がいた。
オーストラリア、イスラエル、台湾、韓国、オランダなど
いろんな国々から、若者が次々やってくる。


農業にはなくてはならない倉庫がアキオ君の家にはなかった。
倉庫を作りたい。アキオ君は、地元の仲間と相談し、着工に移した。
棟梁は静岡からやってきたアキオ君の弟、ヒロオ君。
ヒロオ君は古民家再生の腕を持ち、若くして引く手あまたの有能棟梁として活躍している。
建築中の農業倉庫の柱、梁は古い家を解体したのをもらってきて、それに柿渋とベンガラを塗った。
断熱材に古畳をもらってきて、それを壁のなかに入れ、部屋側と外壁に土を塗る。
2階の外壁は無垢の板ばり。
こうしてエコライフの、実に魅力的な建物ができつつある。


壁用の土はそこらの土でいいというものではないらしい。
それを扱っている業者は、長野県では今は一軒しかないということで、そこから買ってきたという。
地元の大工やら左官屋やら、いろんな人がアドバイスに来て、試し試し土をこねるところから始った。
やわらかすぎてもだめだし、硬すぎても塗れない。
適度な硬さにこねて、それをコテで塗っていく。
日曜日は、いろんな若者たちが手伝いにやってきていた。
地球宿のオーナー、ボウザブロウ君の呼びかけもあり、10人以上が壁に向かってコテを動かしている。
左手に土を載せる板を持ち、右手のコテでその土を壁に張り付け、押すようにして塗っていく。
なかなかの重労働だった。
3時のお茶は、倉庫の前の牧草畑。
子どもたちも交えて陽気に団欒する。
女性が結構多い。
地球宿のエツコさんも三歳になる息子、コウちゃんを連れてきて手伝っていた。


下地の土を塗り終わったら、乾かして、5月の連休に上塗りをするという。
夏までにはりっぱな多目的の倉庫が出来上がるだろう。
アキオ君たちの、大きな節目となる今年の春だ。
奥さんのテルミさんのお腹の中に、3人目の命が宿っている。
そしてつい先日、アキオ君の家族のなかに京都でひとり暮らしをしながら働いていた母親も加わった。


地球宿のボウザブロウ君は、今年3月で、ビール会社の仕事を辞めた。
これから農業と宿を本格的にやっていく決意をしている。
ボウザブロウ君の娘、フウちゃんは今年から小学生。コウちゃんは保育所に入る。
地球宿の夫婦も、今年は大きな節目の年。
夫婦でアイガモ農法で米も野菜もつくり、ブルーベリーを栽培し、やってくる宿泊客に農を体験してもらうという夢は着実に稔りつつある。


タカオ君とヒサミさんの結婚披露宴は、次の土曜日だ。
地元の公民館を借り切って、仲間が集う。
参加者が一品料理を持ち寄り、作業着、作業靴でも参加OK、
タカオ君がこの冬酒蔵で、杜氏として働いて作った酒も振舞われるだろう。
タカオ君の独自銘柄「鴨ん福」は、「カモン 福」、
アイガモがもたらしてくれた、アイガモ農法の安全で自然でおいしい米から作った酒。
福よ、来い。福よ、来い。
鴨よ、来い。鴨よ、来い。


この地に来て間もないマサト君は、これからだ。
どことも経営に苦しむ牧場で、彼はどのようにしてその才能と技を発揮するか。
この優れた人材を経営者は、どのように生かしてくれるか。
彼は二人の幼児と奥さんとの4人暮らし。
今年、部屋の中まで氷が張ったという寒い借家住まいを初めて体験した。
彼らはここにきてシモヤケになった。
この寒さから出発する新しい暮らし。
体験した厳しさ、彼らは強くなるだろう。
いま、春。安曇野の春。
桜の開花が近づいている。