安曇野、コウタロウ君の旅

コウタロウ君がやってきた。
加美中時代の教え子で、いまは郵便局に勤めながら好きな映画や歌に出会うと熱烈なファンになって追っかけている。
最近は石垣島出身の「やなわらばー」にほれこんで、この冬にCDやらDVDを贈ってきてくれた。


4日間の年次休暇をとって大阪から松本行きの長距離バスで来て、我が家を基地に、安曇野を散策していった。
2日目に、彼はひとり自転車に乗って、碌山美術館、大王わさび田、穂高川の堤にある早春賦音楽碑、ちひろ美術館と回り、
お昼はわさび田で、ソバを食べた。
3日目は、穂高温泉郷の辺りを、自転車でぶらぶらしながら、作家屋という店へ寄ってきた。
「作家屋」、「寄れたら寄ってきたら?」と言っておいたら、迷いながら探して行ってきたと言う。
「小さな小さな店で、よくもまあと感心するぐらい、小さな店にぎっしりいろんなものが置いてある」、
とまあその程度のことを紹介しておいただけ。
「どんな店なのか分からなかったけれど、行かなかったら先生に怒られる、と思って、
いったん店のある林を通り抜けて坂道を下ってきてから、また引き返し、偶然見つけました。」
と夕方自転車をこいで帰ってくるや、まだ庭仕事をしていたぼくに笑いながら報告した。
ぼくが怒る? そんなことあるわけはないのに、行かなければならんと思ったんだなあ。
「たいへんおもしろかったです。そこでだいぶ時間を費やしました。」
コウタロウ君は、「さっかや」という言葉は、「雑貨屋」の間違いではないか、と思っていたらしい。
店を見つけたときは、「作家屋」だったから驚いた。
「店主のおばさんがいて、コーヒーまでごちそうになってきました。」
なんやかんや店主と話して、絵葉書とか買ったらしい。
「あのオーナーは、大阪の堺の出身でした。」
コウタロウ君は、大阪から来たいきさつを話したら、オーナーも店の由来を話してくれたそうだ。
「店の物の背後にはすべてそれを作った人がいる。だから作家屋と言うんだそうです。作家屋の上の方にある美術館のレストランの店主が付けようと思っていた名前をもらったらしいです。」
へえ、そういういわくがあったのか。
他にお客さんもなし、特別待遇でいろんな話をしてくれた。
おばさんから名刺ももらったし、コーヒーもごちそうになった。コウタロウ君、この店がいたく気に入った。
「作家屋」の名前がガイドブックの地図になかったから、なぜなのかとオーナーに聞いたら、
ガイドブックに載せたら観光客は来るかもしれないが、
地元の人にこそ来て欲しいからと言ったという。
もっと地元の人と仲よくやっていきたい、と。
あの店、床面積は何坪ぐらいかな。
3坪?4坪?
山小屋風の木造建物の天井から床、ベランダまで、空間という空間すべてに、工芸品、民芸品、雑貨、生活道具、布製品など、ちょっと珍しそうなものがぎっしり置いてある。
頭を上に上げたり下げたり、左右を見るのも、そろりそろり、肩から下げた鞄が陶芸の作品に触れでもしたら落としてしまう危険もある、
そんな狭い通路をもぞもぞ動いて、おもしろそうなものを探すのは楽しい。


一度コーヒー豆を買ったことがある。
「おいしいですか」と、買いにきた若い人がいたので訊いたら、
「おいしいですよ」と、応えたので、単純に信じて買って帰った。
そのときは、おばさんはこう言った。
「あの若い人は諏訪の人で、穂高に仕事で来るたびに、わたしの店のコーヒーを買って帰るんです。」
そのコーヒー、まあまあおいしかった。
中国武漢大学で教えた学生が4人、日本に留学に来て、一人はすでに日本の企業に就職しているのだが、
その4人が、我が家に去年の冬、遊びに来た。
大王わさび田からの帰り道、作家屋へ立ち寄ったら、彼女たちは2時間ほどもその店で時間を費やした。
御茶ノ水女子大で修士論文を書いている一人の子は、
中国の故郷のお父さんが琺瑯が好きで、最近琺瑯がないとか言ってお土産に琺瑯の洗面器を買った。
昔はどこの家にもあった、ありきたりの底の浅い洗面器。格安の値段だったから買ったのだろうが、それ、あなたの国で作られたものではないかと思ったのだが、それは言わなかった。
慶応の大学院で勉強している子は、毛糸の帽子を買った。
ぼくはそのとき、ネパールで作られた木版画のカレンダーとタイ国のベルを買った。


3日目の夜、食事を済ませてから地球宿へ行った。
コウタロウ君は、浜村淳の映画解説をテープにとって、丸暗記して語るという特技を持っている。
ぼくの家に来るときは、毎回一つの作品の映画解説を声帯模写風に覚えてきて口演してくれる。
今回もそれをやってくれることになり、だけどぼくら夫婦二人が聞くだけではもったいないから、地球宿の面々にも聞いてもらおうと、3人で出かけたのだった。
地球宿には、望君夫妻と子どもたち二人、それに暁生君のところに来ていたウーファーさんたち3人が待ってくれていた。
薪ストーブがよく燃えていた。
その居間で口演、出し物は映画「パッチギ」の解説。
初めに、コウタロウ君は、映画解説の意義をこう話した。
映画は目の見えない人は観ることができない。そこでこの口演によって、あたかも映画を観ているように映画を楽しんでもらうのが目的だという。
なるほどその語りはストーリーにそって、実に具体的に描写していく。
長い語りだった。
よく覚えたものだと、感心することしきり。
最後までストーリーを話すのかなと思っていたら、最後の部分はDVDを見てください、でしめくくり、爆笑。


コウタロウ君は、ぼくの仕事も少し手伝ってくれた。
車での丸太の運び、林業会社の木材置き場から腐食しかけの古木をもらってきた。
もう一つは生垣に植えてあるイチイの木の移植。
どちらも力仕事だった。
「今度来るときは、川の字で寝ることができるようにします。」
ははあん、川の字ね、結婚して子どもも生まれ、子どもを真ん中にして川の字になって寝る。
じゃあ、いい人を見つけなけりゃ。
いい人を見つけろや。