「元日の女」(草野比佐男)


新年、明けましておめでとうございます。

2008年元日、大晦日から振り続けた雪。雪の道に足跡がついている。
人の足跡、犬の足跡、自転車のわだち、車のわだち、小鳥の足跡もあった。




野比佐男は1927年に福島県に生まれた農民詩人です。
最初の詩集を世に出したのは1970年代の初めです。
「元日の女」は、そのころの農村の現実を描いています。
まず読んでみましょう。


   ▽   ▽   ▽


   元日の女    草野比佐男


新しいカラーテレビでみる
紅白歌合戦がおわるころに帰って
男はまだねむっている
晦日も午前中はネコ車を押して
汽車の中でのながい時間に疲れて
男はまだねむっている


女は足音をしのばせて歩く
女は物音をはばかって働く
さいわい餅は作業場でモーターでつく
雑煮は青くしずかなガスの火で煮る
くらしのすべてがむかしの比ではないが
そのために金をもとめて男は家をあけ
女が松を飾り
若水を汲むようになってから
なんどめの元日だろう


女はときどき
ねむっている男を見にゆく
かじかむこぶしを口にあてて
帰っている男を見にゆく
女の眼にあるよろこびが
見にゆくことをくりかえすたびにかなしみに変わってゆく
あと三日たてば男は再び出てゆく
それを思って女の眼がかげってゆく
雲にかくれる初日のように鈍色(にびいろ)にかげってゆく


無精ひげの頬に
コンクリートをこびりつかせたまま
男はぐっすりとねむっている
元日の朝をまだねむっている
女は音をたてずに歩き 働き
ねむっている男を見にゆく
すぐにくるわかれの時におびやかされて
いっそう頻繁に男を見にゆく


女よ
うつむいて雑煮をあたためなおす女よ
元日の涙は不吉――泣くまえに叫べ
一年をそとで稼いであやしまない男の耳へ
夫婦をへだてる時代の横暴へ
こう叫べ 声のかぎり 声のありだけ


  たのしい元日をかえせ
  ほんとうの元日をかえせ
  いますぐにここにかえせ


    ▽   ▽   ▽


日本の農村、特に北の地方から都会に出稼ぎに出て行かなければ生活が成り立たなかった時代、
この詩のような悲しみが農村にはありました。
今、日本にはたくさんの外国人労働者が出稼ぎに来ています。
中国やベトナムからは、技能研修制度に基づいて来ている人が多くいます。
そして彼らのうちの何割かは家族を家に置いて日本に来ているのです。
妻を置いて日本に来た人、夫を残して来た人、幼い子どもを祖父母に託して来た人、
日本のなかで年を越している彼らの国の故郷では、妻、夫、父母のいない新年を迎えている。


60年代、70年代の現実を描いたこの詩は、昔のことだとは言えません。
日本のなかの日本人にもいまだに同じ悲しみが繰り返されています。
グローバリゼーションに翻弄される現代の農村にも、そして都会の中にも同質の問題がひそんでいるのです。