金子光晴の「ある夕暮れに」という詩。
こんなふうに
日はすぎてゆく。
ガラス窓を
はすかいに たどって。
すこし焦げた
パンのように
愛情で
まるくふくれて
男と
その女がいる
が 毎日が
日曜ではない。
こんなふうに
日はすぎてゆく。
大事なものは
なにもない。
大事なものは
なにもない。
帽子も
万年ペンも。
水平線の
棚のうえに
忘れている。
のせたままに。
「屁(へ)のような歌」という詩集の中にある詩。金子光晴は、戦時中、召集令状で一人息子を兵隊にとられようとしたとき、息子を松葉でいぶして肺炎にかからせ、徴兵をまぬかれさせたという。無一文でアジア、ヨーロッパを放浪し、人間と世界を見て歩いた。
大事なものはなにもない、執着するものは何もない、今あるもので、それでいい。
権力を持つものは、権力にしがみつく。金のあるものは、金にしがみつく。地位のあるものは、地位にしがみつく。名誉を重んじる人は、名誉にしがみつく。
ヒメシャラの樹が、葉を落としている、はらはらと。
霜が降りた。まだたくさん、大きな実を付けていたトマトの葉が枯れて、青い大きな実をいくつも残したまま、もうすぐ一生を閉じる。
夏の渡り鳥は去っていった。冬の渡り鳥がやってきた。
こんなふうに
日はすぎてゆく。