農業政策とエネルギー政策

 宿は、小さな質素なホテルだった。朝食で特においしいと思ったのは、パン、ヨーグルト、チーズ、ハム。堅い歯ごたえのあるパンをちぎりながら食べる幸せ、幾種類もあるチーズとハムも食欲をそそった。ヨーグルトと温かいコーヒーのおかわりができることは、なんとも言えない喜びだった。
 この国は牧畜の国でもある。世界4大農産物輸出国のひとつで、農業・食品産業は国における第5位の輸出産業に成長している。有機農業の生産物では輸出企業が10万種以上の製品を世界に供給している。自然農法による農産物を提唱したのはルドルフ・シュタイナーで、シュタイナーはまた教育において大きな影響を世界にもたらしてきた。

 ドイツでは農業が有力な産業になっていて、農業生産・加工分野で働く人の数は、産業の9番目になる。農村地帯には国民の40%が住み、農業が就業の場を創りだし、農業従事者は質的に高い生活ができている。有機農業については、その割合を近年中に20%に向上させることを目標にしている。このような農村の価値は、文化、環境、農村の風景にも現れている。農村風景が美しく、自然と調和しているということのベースに、農業者の豊かさが存在しているということなのだ。

 しかし一方、次のような状況もある。

「バーデン・ヴェルデン州における伝統的な農村風景。それは色とりどりの花が咲き、多様な生き物が集まる草地に、在来種のリンゴの古木が点在する風景である。リンゴの古木には野鳥が巣をかけ、その下では農家が草を刈り、牛が放牧される。リンゴは在来種が300種以上もあり、人びとはリンゴジュース、モスト(リンゴワイン)、シュナップス(リンゴ焼酎)をつくり、楽しむ。しかし、専用果樹園で大量生産されるジュースの方が安いからと、在来種リンゴの木は放棄され、かつてどこの農家にもいた牛もいなくなり、草を刈ることもなくなった。農家の戸数も三分の二に減った。同州の動物の三分の一が絶滅の危機にあるように、このような景観が失われることは、多くの草花や生きものの棲み家が奪われることなのである。」(農文協「地域の再生」)

 そこで草地を守るドイツの農業政策が重要課題として取り上げられてきているという。比べて考えれば、日本では草地の状況や植生はさらに悲惨な段階に来ていると思う。質的に劣る安価な物の大量生産が環境を劣化させ、破壊する。ドイツでも日本でも、このことに対抗する価値観を人びとが共有する必要があるのだ。
 列車に乗って窓から見ていると、放牧場の一角に、太陽光発電のパネルがずらりと並んでいる光景を何度か見た。家の屋根にパネルを敷いている家も見た。この風景は日本でもなじみになっている。
 途中で、あれっと思った光景がある。何十枚かパネルがずらりと斜めに設置されている。その下に羊たちが草を食んでいるではないか。小さな太陽光発電所であって、同時に羊の育つ牧場である。なるほど、このアイデアからは三つの得が生まれる。一つ、電力が得られる、二つ、羊が育つ、三つ、草刈りがいらず、草地が守られる。

 田園地帯のなかに、風車が回っているのに気づく。風力発電所だ。数基の風車がゆっくり回っている。風車の数は多くはない。小規模な風力発電所だ。一基だけ回っていたり、四基、五基が回っているところもあった。
 ドイツは、福島第一原発事故後、脱原発政策を早めることにした。メルケル首相は倫理委員会を発足させ、出来るだけ早く完全に原発を全部停止すべきだという結論をだした。それをもとに、政府は2020年までに完全に原発を停止する新しい法律をつくった。「脱原発」政策によって、再生可能エネルギーも順調にのびている。政府はエネルギー企業を支援し、小さなエネルギー企業が町や村にもできて、新エネルギーの普及を進めているのだ。
 日本ではどうか。
 森の民の森の国、ドイツと日本は今後どのような道を歩むだろうか。