秋の登山


       涸沢に入ろうか


この夏は穂高・涸沢カールに入って、長かった追慕の穂高山群と再会しようかと考え、
今年の年賀状の挨拶にも、「今年は久しぶりに涸沢に入って、ヤッホーでも叫びますかな」と書いたりしていた。
カールというのは、大昔の氷河の跡と言われる谷で、涸沢の下部にもモレーンとよぶ石の堆積がある。。
しかし夏になると、山積していた「やるべきこと」、それはほとんど肉体労働だったが、それに没頭してしまい、
猛暑の中を穂高に向かう気が起こらなかった。
6月までの仕事によって体の芯の部分にどんより疲労が蓄積していたことと、体力の不安があったことも、行く気を阻害した。
秋に入って、大学院に通いながらNPO法人を立ち上げている息子から、「涸沢に行こう」という誘いがあり、
それは古希を迎えるぼくの人生の節目に、元教え子であり現教師のマートも入れて、涸沢に登り、
日本一の紅葉を見よう、オヤジの記念に、という考えのようであった。
その提案を聞いたとき、日程の余裕のなさと、上高地・涸沢の往復時間に、心配があった。
日にちは、10月20・21日という。
今年の涸沢の紅葉は、10日から真っ盛り。下旬になると終わっている。
さらに穂高山群に新雪が来るだろう。
昨年、上高地の徳沢園にある「桂の木の神秘」が22日だった、と徳沢園のホームページに出ていた。
気温が零下になった日、黄金色に葉を染めた桂の木が、いっせいに葉を落とし始め、
1時間ほどの間に、全ての葉を樹下に敷き詰める厳粛な儀式があるのだという。
そのころ黄葉は、槍ヶ岳に上っていく槍沢と穂高に上っていく沢の分岐点である横尾に移り、次第に上高地を染めながら下っていく。
だから涸沢の紅葉が終わっていても、徳沢園を通って梓川沿いに登っていくのもいいのだが、
登りにどれだけの時間を要するか、早い人で6時間、ゆっくり行けば8時間から9時間。
昔青年の時代は、50キロほどの荷を背負って、徳本峠からでも河童橋からでも、一気に涸沢に入っていたが、
今はどれだけの時間と体力で行けるだろう、そこが不安であった。
それなら、常念岳か燕岳は、どうだろう、稜線の山小屋で1泊して頂上に登り、下りてくる。
常念なら一の沢から上り5、6時間、燕岳なら中房温泉から上り4、5時間。
可能性の高いのは燕岳か、頂上近くの燕山荘で1泊する、そう再提案した。
かくして、ほぼその線に決まったのだが、涸沢の紅葉がTVで報道されてから、
涸沢小屋と涸沢ヒュッテを抱く涸沢の圏谷が気になりだし、
上高地から涸沢までの距離は、中房から燕岳までの距離よりはるかに長いけれども、
高度差は、上高地の1500メートルから涸沢の2300メートルまで800メートルにすぎないし、
行ってみるか、という思いが強くなった。 
天候にもよるが、さてどちらを選ぶか。
これから山に雪が来る。
思案のしどころだ。
長い間はいていなかった皮の山靴に靴油を塗って、準備をしているけれど、山靴は重く、足になじんではいない。
今は軽くて歩きやすい、疲れない靴が登山に求められている。
適当な靴がないだろうか、いい靴が欲しいな。
探しに行くか。