野草摘み


        野草摘み


春分の日の今日は、地域の住民自治会で作業を行なう日だ。
近所のOさん、Hさんが、鎌とじょれんを持って家から出てこられたから、
ぼくも長靴に履き替え、鍬と鎌を持って連れ立って出かけた。
「吉田さん、あの山は何ですか。」
Oさんが指差す北北東の地平線に、雪のピークが二つ並んで見える。
「火打岳と妙高だと思いますよ。」
後立山連峰の稜線から東を見ると、雲の上に突き出て目立つ山だったから記憶に残っている。
「今日は快晴無風ですね。ほら、東北の空を、煙がまっすぐ空に上っていきますよ。」
とHさん。
くっきりと北アルプスが波打つ。
「この季節にしては常念岳の黒いところが目立ちますね。」
今年は暖冬で、雪が少ない。
常念の雪渓と、雪のない尾根のコントラストがきわだっている。


細い水路が脇を流れる農道を、すでに七、八人の人が先を進んで、
草を刈ったり水路の中のゴミを取ったりしている。
野焼きで黒くなった畦、刈るほどの草も、水路のゴミもほとんどない。
Oさんが、畦に芽を出している草を摘んだ。
ノカンゾウです。一度食べると止められないですよ。」
Oさんは野草が好きで、よく摘んでこられる。
ゆがいて、酢味噌で食べるとおいしいらしい。
昨年春、栂池で摘んできたフキノトウをおすそわけしてもらった。
「これは何ですか。」
「ああ、それ、コゴミです。」
地区のおばさんが、Oさんに教えている。Oさんは3年前千葉から移住してきた。
地元の農家のおばさんたちに教えてもらうことも多い。
ぼくもノカンゾウを摘んだ。


そこが済んで、桜並木のある広い水路に移動して、
身長ほどの深さの、水路の中を掃除する。
作業のために、水は上流で堰き止めてあり、水は長靴の底を濡らすだけ。
並木の桜のつぼみは、まだかたかった。
「ここの桜並木と常念岳を、昨年油絵に描きました。そっちの田んぼから。」
Oさんの趣味は描画。
他の班の人たちも続々と、それぞれの地域を終えて水路に集まり
総勢100人ぐらいになった。
道端の草を焼く人もいる。
作業終了。
Oさんは田んぼの中のナズナも摘んでいる。
ハウス栽培の野菜と違って、野草は春そのもの、春の気が凝縮している。
ここ数日、夜は氷点下だが、昼は温度がぐんと上がる。
今日は風がない。
が、ここ数日強風が吹きすさんだ。
この厳しさと優しさ、香りの強さ、苦さが、野草のなかにあるんだなあ。