一箇月の研修を終えて


         出発前夜


企業へ出発していく前夜、
中国からやってきた技能研修生たちと、日本語教師たちは夕食をともにして、
別れを惜しみ、門出を祝う。
入国してから始まった、たった一ヶ月間の日本語学習ではあるけれど、
深まった師弟愛は、一年間の学校生活に匹敵するほどの濃密さをもっている。
希望と解放感が彼らの笑顔にあふれる。
中国で二箇月、ここで一箇月、合計三箇月の日本語、日本文化・日本の生活習慣を習い、
ぐんぐん日本語会話力を高めた人もいれば、
基礎会話がわずかしか身につかなかった人もいる。
あとは企業研修の中で、会話力を高めていくことを期待するしかない。
三年間の在日のなかで、働きながら日本語能力検定試験にチャレンジして合格した人が昨年のテストの結果では大幅に増えた。
毎日日本語を学ぶ中国の国立大学の日本語科の学生は、
三回生になって1級試験にチャレンジしていたが、それでも3割は不合格になった。
多くの残業も含めて働く技能研修生が、仕事を終えてから日本語の勉強を積み重ね、
1級や2級・3級に合格する。
その努力は並大抵のことではない。


3月16日、出発していく80人ほどの研修生は、一本の缶ビールと、ジュースで乾杯した。
彼らは教師たちの周りに駆け寄り、
「お世話になりました」と声を合わせ、ふたたび「乾杯」と叫ぶ。


歌が起こった。
初めは、「北国の春」「四季の歌」「花」などの日本の歌。
やがて中国の歌になった。
一人が歌い始めると、会場全体から歌声が澎湃として湧きあがった。
男性青年労働者たちの、野太い低音がたくましく、
女性の高い澄んだ声が若い命を燃え上がらせる。


女の子たちがひとつの歌を歌い始めた。
授業の中で教えてもらった「月は私の心」だという。
日本語の歌詞を女の子たちは見ながら歌っている。
日本語の歌詞は、、つづいて中国語の歌詞に変わった。
すると、男性たちが唱和し始めた。
歌声は大きくなり、会場がひとつになった。
中国語の題名は「月亮代表我的心」、
女の子の一人に聞けば、テレサ・テンの歌だと言う。


彼らは、みんなで歌う歌をもっている。
みんなで歌う心を持っている。
若い心を歌に託して歌う生活をもっている。


二胡をもって現れた若者が、演奏を始めた。
音色が会場に流れると、大きな拍手が湧き起こり、
すぐにしんと静まり返った。
演奏は「北国の春」からはじまり、中国伝統の二胡の曲になった。
民衆に愛されてきた伝統の、中国の楽の音。
弾き終わると拍手のなかにアンコールの声があった。
ぼくは、名曲「二泉映月」をリクエストした。
みごとな演奏だった。


二胡をもってやって来たひとりの青年。
日本企業の中で、演奏することができたら、
さらに彼の企業が存在する地域のなかで演奏することができたら、
ひとつの扉を開くことができるだろう。
夢のふくらむことではないか。
ぼくは中国の青年たちと共に、喝采を送った。