カワウソ?


   川面を泳ぐ不思議な生き物


暮れていく空の残光を集めて淡く輝く水面に、突然長い尻尾をくねらせた小動物が水中に潜っていった。
なんだ、今のは。
尻尾の長さは、30センチはあったろうか。
ぼくは水面を凝視して、再び現われるであろう辺りを予測した。
あやしい動物は、潜った辺りから5メートルほど下流に頭を出しかけたが、
またも水中に身を潜めた。
カワウソ? まさか。
日本カワウソは、四国の川を最後に、絶滅したと聞いている。
では、何者?


夕方、冬枯れの田んぼの中を歩いて桑原川のほとりに出た。
街の中では岸辺も川底もコンクリートでおおわれていた川だが、
水田地帯に入ると、岸辺に葦が茂り、大地をえぐって流れる小川になった。
川幅は10メートルぐらい。
西1キロほどに長良川、東3キロほどに木曽川という大河が流れている。
その間を縫う桑原川の岸辺には、春の草花が咲き始めている。
北のほうに、うっすら夕日に映える御嶽山らしき雪山が見えていたが、
日が没するとたちまち色あせて消えてしまった。
小動物は、川が古い集落を突っ切る手前の、両岸を葦が覆うところに棲息しているらしい。


濁りぎみの水の中に、
黒く動くものがある。
背びれが水面に現われる。
鯉が寄ってきているのだ。
サギもいる。


人影のない、たそがれどきの、野の寂しさ、
人がみな家路について、夜の闇に向かう一日の終末感が、
野にあるものをとりまく孤独。
家に明かりが点く。
家の明かりとぬくもり。
野性のもどってくる夜が世界を覆うから、
人は家に集い、家族が寄り合う。


水面を黒い影が鋭角の波紋を引きながら泳いでくる。
頭と背中が水面に出て、四足で水をかいでいる。
大きさは、ネズミの3倍から5倍はある。
目撃したのは3匹。水面を泳いで葦原に消える。
ぼくの頭にかすかに記憶が残っていた。
「ヌ」という文字が記憶のそこから出てきたが、そこまでだった。


翌日調べてみて、その動物は「ヌートリア」であることが分かった。
夕方、再びその川まで歩いていった。
前日よりも時刻は早かったが、
やはり、棲息している辺りに来たら、泳いでくるのを見た。
畑にまだ人がいた。
川のほとりで立ち話をしているおばあさんに声をかけた。
ヌートリアがいますねえ。」
「この畑のほうれん草、ほれみんな食われてしもうた。
なんとか、してくださいよ。」
川から上がってきて、ニンジンも食ってしまったという。
外来種の動物、思いがけずここで出会った。
戦時中からだから、もう長いこと日本に住み着いている。
今、日本ではどれぐらいいるのだろう。
ここで泳ぐ彼らは、もう日本が故郷になっているのだろうか。