「銀河鉄道の夜」ブルカニロ博士の言葉


       ほんとうの考えと うその考え(2)



吉本隆明は十代のころから、
宮沢賢治の心にかかわりつづけてきました。
彼は、「銀河鉄道の夜」のブルカニロ博士の言う、
「ほんとうの考え」と「うその考え」について、
こんなことを書いています。


「宗教やイデオロギーや政治体制などを〈信じ込むこと〉の、
陰惨な敵対の仕方がなければ、
人間は相互殺戮にいたるまでの憎悪や対立に
踏み込むことはないだろう。
それにもかかわらず、これを免れることは
誰にもできない。
人類はそんな場所にいまも位置している。
こうかんがえてくるとわたしには
宮沢賢治の言葉がいちばん切実に響いてくる」


「このばあいわたし自身は、
じぶんだけは別もので、
そんな愚劣なことはしたこともないし、
する気づかいもないなどとかんがえたこともない。
それだからもしある実験法さえ見つかって
「ほんとうの考え」と「うその考え」を、
敵対も憎悪も、
それがもたらす殺戮も含めた人間悪なしに
(つまり科学的に)分けることができたら、
というのはわたしの思想にとっても
永続的な課題のひとつにほかならない。」


今81歳になる吉本隆明
9年前に書いた文章の一節です。
この永続的なテーマを、
果たして人類は科学的に解決できるか、
と賢治はあの時代に考えていました。


隆明が、賢治の作品から読み取るのは、
「宗派の神を信じている人の方が、
宗派の神を信じていない人よりも下位にある、
宗派の神を超えた神、
宗派の思想を超えた思想に
到達できる方法があるんじゃないか」


「おれの神がほんとうだ、
おれの思想がほんとうだ、
おれの考えがほんとうだ、
として、信じ込んでいる、
その限りおいては解決はつかない。」


では、その方法とは何なのか、
賢治は、熱心な法華経信者でしたが、
やがてその信仰を超えようとしていました。
賢治は自分の思想と信仰と文学・芸術の世界で、
自分のなかで実験した、
と思えます。
賢治は、天文学、気象学、地理学、化学、生物学など、
科学を学び、それを生活創造に活かしました。
農業の中に科学を取り入れ、
音楽、美術、演劇など芸術を農民の生活のなかに導きいれようとしました。
実験に基づく科学と、
芸術と、
創造的な生活、
そこから「自分の神」を超えていく道を
模索したのだと思います。


それを実践している人たちがこの世界には
たくさんいるようにも思われるのですが……。