心優しい人たち


       一、北京で


シャオホンの視線が、
ぼくの靴下の一点に止まったみたい。
見ると、靴下に穴があいている。
シャオホンは指さした。
老師、つづくってあげます、と、
彼女の両手の指がものを言っている。


シャオホンはクラスでいちばん勉強が遅れていた。
シャオホンの時間はゆっくり流れる。
ぼくの質問を考え始めたときには、
他の子らはもう答えを見つけている。


じゃあ、靴下、お願いします。
靴下を洗濯してから渡したら、
三日ほど経って、持ってきてくれた。
親指ほどの穴はつぼみ、糸で放射状に、
花の形にかがってある。
使い捨てをしない人の、丁寧な手業。


好きなものは何?
と訊いたら、「おじいさんと、おばあさん」と答えた。
お年寄りが好き、
なるほど、道理でシャオホンは、あんまが得意で、
ぴったしツボを押さえている。
毎日、祖父母のあんまをしていたみたいだ。
よく効く、よく効く。


風邪を引いて、喉が痛くなった。
空気が乾燥して、からからだ。
薬屋へ行って薬を買おう、
一言、どんな薬がいい? と相談したら、
三人の子らが付いてきた。
薬局に入った途端、三人は薬剤師に相談している。
これがいいです、液体の飲み薬。


ヤンさんは、これがいちばんよく効きますと言って、
市場で生姜と紅糖を買ってきて、
生姜を薄切りにし、紅糖を入れて鍋でことこと煎じてくれた。
紅糖は、黒糖だね。
甘くて、生姜の刺激が喉に気持ちよかった。


あのとき、雪ちゃんも地下鉄に乗ってやってきて、
病院に連れて行くと言ったけれど、
たいしたことはないからと言うと、
夕飯を作ってくれた。
心やさしい人たち。



       二、ハラノくんの友だち


ハラノくんは脳性マヒだった。
生まれてくるときの脳の障害が、
知能にも運動能力にも身体の生育にも現れていた。
言語も自由にあやつれない。
それでも自分でやれるようにと、親は訓練した。
何度こけたことか、
こけても、こけても、自転車に挑戦して、
乗れるようになったのが、小学校五年生のとき。
ひらがなを一字書くのに、ぶるぶるふるえる手で十秒ほどかかる。


泳ぎの出来ないハラノくんが、
中学校の水泳大会五十メートルの自由形に出ると言う。
コースロープを持って、歩いてでも試合に出ると言う。
よし、やれ。
ハラノくん、そろそろそろそろ、プールのなかを歩いていく、
水が顔にかかる。
途中でとうとう、ぶくぶく沈みかけた。
ぼくは飛び込んで身体を支えた。


ハラノくんの親友は、知的障害のイジュウくん。
イジュウくんは放課後いつも家の近くで草野球をやっていた。
イジュウくんのお父さんは、草野球のチームを作った。
イジュウくんは、試合の時、
ハラノくんのために、
一発ホームランを打ちますと、いつも言う。


ある日の放課後、
教室に二人の影があった。
他にはだれもいない。
だれかと見れば、ハラノくんとリハラさん。
二人は愉快そうに話をしている。
リハラさんは、クラスでいちばん成績のよい女の子。
何を話しているの、
ハラノくんは笑いながら、
「ロック」
と言った。
「ロック音楽、ハラノくんも聴くんだって。」
リハラさんが言った。
二人は長い時間、ロックンロールについて話していた。
二人の間に流れる心やさしい会話。