一瞬の判断


         一瞬の判断


ランがぼくを起こしにきたのは四時二十分だった。
来るな、と感じたのはその数分前、
廊下で寝ていたランが動き出す気配が聞こえ、それで目覚めた。
ランが起こしにくるのは、毎朝、これぐらいの時刻だ。
ぼくの足をなめたり、鼻を身体に押し付けたり、
それでも起きなかったら、小さく「ウォ」と吠える。
ランがぼくを起こす理由は、
トイレに行きたいというのと、
散歩に行こうというのと、二つある。


ぼくはトイレにも行きたかったから、ランと階段を下りた。
二階の窓から外を見るとまだ薄暗い。
だが、東の山際は赤くなりつつあった。
ランはぼくの動きによって、次の行動を変える。
すぐに散歩に出る態度をとれば、
ランは玄関で待機する。
オシッコとウンチは、散歩に出てからすることになる。
散歩に出ないとなれば、ランは廊下に置いてある犬のトイレで用をたす。


ぼくは自分のトイレをすませてから、
どうしようかなと考えた。
まだ薄暗いから、もう少し寝ようか、
一瞬そう思ったから寝室へ戻ることにした。
ランは、廊下のトイレでオシッコをした。
そのあとしまつをしてから窓の外を見ると、
東山のスカイラインが噴出した熔岩色に染まっている。
稲田はぼかした黄緑色だ。
おー! 数秒景色を凝視した。
その間に、ランはウンチをしていた。
ふたたびウンチのあとしまつをしたら、
もう眠気がなくなっていた。
よし、ラン、散歩に行こう。


外に出て稲田の間に立つと、
常念岳と大天井が岳が赤く染まっている。
モルゲンロートだ。
谷筋に細く雪を残すだけで、
全体は緑の山になってきている常念岳と大天井が岳が、
日の出前の太陽光を受けてオレンジ色に染まっているのだ。
だが、その輝きは最後の輝きだった。
東の山際の、秘めた日輪の輝きはまたたくまに光を失い、
厚い雲にさえぎられ、
常念岳の色はたちまち色あせていった。
遅かった。
もう二十分早かったら、
燃えるモルゲンロートを見ることができたのに。
ぼくの見たのは余光だった。


そのときの一瞬の判断が、
わずかな朝の天体の神秘と遭遇する機会を失わせた。